「今この瞬間を感じる」──PTSDを乗り越えた渡邊渚さんが綴る「ひたむきに刺し子」の効果

昨年8月末にフジテレビを退社した元アナウンサーの渡邊渚さん

昨年8月末にフジテレビを退社した元アナウンサーの渡邊渚さん

写真一覧

昨年8月末にフジテレビを退社した元アナウンサーの渡邊渚さん(28)。2020年の入社後、多くの人気番組を担当したが、2023年7月に体調不良を理由に休業を発表。退社後に、SNSでPTSD(心的外傷後ストレス障害)であったことを公表した。約1年の闘病期間を経て、再び前に踏み出し、NEWSポストセブンのエッセイ連載『ひたむきに咲く』も好評だ。この10月には完全受注販売の2026年カレンダーも発売し、話題を集めている。そんな渡邊さんが、「刺し子」から得られた「今を生きる感覚」について綴ります。

* * *

食欲の秋、読書の秋、スポーツの秋……いろんな秋があるが、私にとって今年は“製作の秋”だった。

まず趣味のボトルシップ作り。秋は乾燥しているから、水分で木が膨張しないし、接着剤が乾きやすく、作業が捗る。この秋は2個もボトルシップを完成させられて、大満足だ。

でも実は、この秋一番製作したものは、ボトルシップではない。「刺し子」だ。ボトルシップの製作過程で、船の帆を縫ったり、船に小さな穴を開けて糸を通したりする作業があるから、お裁縫は得意だ。

特にフランス刺繍は、自由な図案でいろんな縫い方ができるからよくやっていて、友人のお祝い事にはいつもお洋服にお花を刺繍してプレゼントしている。

ある夏の終わりに近づいた日、もっと美しい刺繍ができるようになりたい!と思って、次の作品の図案を書いていた時だった。ふと“フランス刺繍”という言葉が気になり始めたのだ。

“フランス・刺繍”ということは、“インド・刺繍”とか“エジプト・刺繍”とか、世界にはまだまだたくさんの刺繍があるのでは?!と。

これまで全く考えたこともなかったのに、なんでなんで星人の私は、一度疑問に思ったらとことん突き詰めないと気が済まない。作業の手を止めて、スマホを開き、1時間近く刺繍について調べ尽くした。

10月には完全受注販売の2026年カレンダーも発売(撮影/松田忠雄)

10月には完全受注販売の2026年カレンダーも発売(撮影/松田忠雄)

写真一覧

刺繍で世界一周しよう!

すると、ハンガリー刺繍やノルウェー刺繍、ベトナム刺繍などなど、いろんな国の刺繍の存在を発見!! その土地で作られた布地や個性的な糸を使った伝統的な柄や縫い方があり、ワクワクが止まらない!笑

柄やモチーフは宗教的な意味を持つこともあり、世界史の勉強にもなって面白い。刺繍の奥の深さとそこから広がる世界の歴史に、心が久しぶりの高揚感をキャッチした。

ということで、早速、刺繍で世界一周しよう!と計画し始めた。さてさて、どこの国から始めるか。やっぱり国籍を持っている日本からスタートかな~!ということで、日本の刺繍の代表格“刺し子”を開始した。

刺し子は中学の授業で作った以来で10年以上ぶりだったが、その時に買った刺し子針を大切に残していたから、すぐに始められた。

余談だが、私のお裁縫セットは、小学生の頃の家庭科の授業で買ったお裁縫バッグセットをずっと使っている。デザインはかなり小学生っぽい、今思うとちょっとダサいやつ。笑

「ものは大事に使うように」と両親から教育されてきたから、傷ひとつなく使えている。いまだにお道具には全て、まち針やボビンなど小さなものにも、「わたなべなぎさ」とお名前シールが貼ってある。

母が貼ってくれたのだなと、親の愛を感じる瞬間でもあった。それに、幼い頃、母が手作りの刺し子の巾着やランチョンマットを持たせてくれていたことを思い出した。

私はこの秋、空いた時間を全て刺し子に使った。いや、寝る間も惜しんで。睡眠時間を削ってでも刺し子。笑

なんなら仕事の現場にも持っていき、休憩時間も移動中もずっとチクチクしていた。あまりに集中しすぎて気づいたら半日経っていたこともあったし、肩と首はカチカチに凝った。さらには、刺し子を早くやりたくて布の仕立ての時間を短縮したくなり、ミシンまで購入した。それくらい刺し子にハマって、取り憑かれた。

PTSDを乗り越えた渡邊渚さんが綴る「ひたむきに刺し子」の効果とは(撮影/松田忠雄)

PTSDを乗り越えた渡邊渚さんが綴る「ひたむきに刺し子」の効果とは(撮影/松田忠雄)

写真一覧

頭も身体“今”に意識を向けるようになった

刺し子製作のどんなところに、私は取り憑かれているのか、整理すると3つある。1つ目が、集中力が増して時間を忘れられ、余計なことを考えなくなる。ついでに刺し子に充てる時間欲しさにスマホを持つ時間が短くなって、自然とデジタルデトックスになったという利点もあった。日々大量に流れてくるどうでもいい情報をカットできて、余計なストレスがなくなった。

2つ目は、目に見える形で完成するから、達成感を感じやすいところ。特に私はPTSDになってから手の震えが激しかったから、今こうしてちゃんと細かい作業ができるまでに戻ってきたことが嬉しくてたまらない。私はちゃんと成長してると実感できて、できるようになった自分を純粋に褒められるようになった。

3つ目は刺し子だからこそ私にもたらした影響。同じ幅で同じ模様を繰り返し縫い続けることで、頭も身体も“今”に意識を向けるようになったということだ。

正直1つ目と2つ目はフランス刺繍でもボトルシップでも満たされていたのだが、刺し子の特徴である一定のリズムで同じことを繰り返す作業は、先のことを考えたり計画したりしなくていいから、今の一刺し一刺しに集中できるのだ。

一見単調にも思えるが、刺し子をしている時間は過去や未来の不安を和らげられて、嫌な気持ちを忘れられた。

「今この瞬間を感じる」――私がこの2年以上、精神科の主治医の先生に言われ続けていたこの言葉を、やっと私は理解できた気がする。これこそが、きっと、マインドフルネスや瞑想に近い感覚なのだろう。

最近の小さな目標は、こぎん刺しなど東北各地の刺し子の技法をマスターすること。それが終わったら、刺繍で世界一周、歴史探索にでかけたいと思う。

そして、いずれは、自分の子どもの幼稚園バッグや体操着袋を、オリジナルのデザインの刺繍を入れて製作したい。私の母がそうしてくれたように、私にもそんな日が、いつか、きたらいいなと思う。

そんな日が来るまでは、頑張って生きてみようと、今はほんの少し未来をポジティブにとらえられる。

でもその前に結婚相手を見つけなきゃいけないし、子どもを産まなければいけないという特大ミッションが…..!! 刺繍を製作するより、数千倍大変だ笑笑

とりあえず、今は未来に向けて、一刺し一刺し、“ひたむきに刺し子”を続けてみようと思う。

【プロフィール】
渡邊渚(わたなべ・なぎさ)/1997年生まれ、新潟県出身。2020年に慶大卒業後、フジテレビ入社。『めざましテレビ』『もしもツアーズ』など人気番組を担当するも、2023年に体調不良で休業。2024年8月末で同局を退社した。今後はフリーで活動していく。1月29日に初のフォトエッセイ『透明を満たす』を発売。6月には写真集『水平線』(集英社刊)も発売。渡邊渚アナの連載エッセイ「ひたむきに咲く」は「NEWSポストセブン」より好評配信中。