「NOと言えない」日本人へ…ユーチューバー&「Supreme」デザイナーがNYで学んだ「自分軸」

ブルックリンの街並みを撮影するacchiさん

「真面目な人ほど損をする世界にNOを!」

外国人労働者の受け入れが進み、社会の多様化は避けられない流れとなっている日本。しかし、多くの日本人は異文化や多様な価値観に触れることに戸惑いを感じている。

「真面目に働くことが評価されない」「礼儀正しさが通じない」「NOと言えずに都合のいい人になってしまう」……そんな多様性社会を生き抜くヒントが、一冊の本にある。

ニューヨーク在住23年、ストリートブランド『Supreme』のテクニカルデザイナーとして働くacchiさんの著書『ニューヨークとファッションの世界で学んだ「ありのままを好きになる」自信の磨き方』(KADOKAWA)だ。

かつては内気な性格から周りに合わせるばかりで、本当の自分を出せなかったというacchiさん。しかし今は、「NOと言っても嫌われない」「完璧な人間なんていない」と知り、自分らしく生きている。

その変化のきっかけは、ニューヨークで経験した数々のカルチャーショックだった。

定時で帰る同僚のほうが評価された! 

大学卒業後に渡米し、20年以上ニューヨーク州で暮らすユーチューバーのacchiさん

約20年前、ニューヨークのファッション業界へ飛びこんだacchiさんが、最初に受けた衝撃は、日本で美徳とされる「真面目さ」が評価されないことだった。

「日本では『真面目でいい人』タイプは信頼や好印象を得やすいですよね。ニューヨークでもこの手のタイプは好かれやすいけど、ただの『真面目でいい人』なだけだと便利な駒になってしまうこともあるんです」

異文化の職場で働く中で、それまで日本で当たり前だった常識が通用しないことを思い知らされた。与えられた仕事をコツコツこなすだけでは評価されても同じ立場どまり。自分の意見を積極的に主張する人のほうが出世が早いという現実を目の当たりにしたのだ。

実際、アシスタント時代には、与えられた仕事を淡々とこなすacchiさんよりも、定時に帰るためにプロジェクトの進め方を上司と交渉する同僚のほうが評価されたという。

「動機は何であれ、上司からは同僚のほうが『仕事がデキる部下』という評価をされていました。この時に、必ずしも『努力=評価』になるわけじゃないと身に沁みました。当時は悔しさもありましたが、今振り返るとそれは単純に、性格やスタンスの違いだったのかもしれません」

これをきっかけに、自分はどんなタイプの人間なのかを客観的に見るようになったという。 

「大切なのは、自分の性格や能力に合った働き方をすることだと思います。コツコツ型か、マネジメント型か。私はその頃、コツコツ型のままでは損をするかもしれないと思って、とりあえず、よく意見を発表したり、リーダーシップを発揮している人たちを真似するようになりました」

約20年前、キャサリンマランドリーノで働いていた時のacchiさん

ただ黙々と働くだけでなく、周りの人とコミュニケーションを取り、チャンスがあれば自分の考えを言葉にして伝える。内気な性格で、周囲の目を気にしてばかりいたacchiさんにとって、それは簡単なことではなかったが、何度もトライアンドエラーを繰り返した。

「真面目に頑張るだけではなく、自分の意見を持って発信することで、少しずつ周りの反応が変わっていきました。そんな経験を通して、『都合のいい人』から抜け出せたように思います」 

「旦那の彼女」も一緒にBBQ?  NYで知った価値観の多様性

プライベートでも、日本との違いに驚かされることは多々あった。たとえば、日本では当たり前の「褒め言葉」が、ニューヨークではまったく通じなかったのだ。

「アメリカ人は褒めるのがとにかく上手です。ちょっとしたことでもすぐに褒めてくれます(笑)。ただ、褒めるポイントが日本と違っていて、特に身体的な特徴に関することはご法度と言ってもいいくらいです」

たとえば、日本では「小顔」「足が長い」といった言葉はポジティブな意味で使われるが、ニューヨークでは場合によっては悪口と受け取られることもある。

「アメリカでは、本人の努力や選択、判断を褒めるのが一般的です。だから、本人の努力では変えられない『小顔』や『足の長さ』などは褒め言葉にならないんです。中には、それをコンプレックスに感じている人もいます。

日本の礼儀やマナーも同じで、『失礼のないように』と気をつけているつもりが、相手からは『自分に関心や好意がない』と受け取られることもあります」

さらに、友人の話を通じても価値観の違いを学んだ。

友人が参加したBBQでは、オープンリレーションシップや新しい家族の形など、acchiさんがこれまで想像もしなかったような多様な生き方が、当たり前のように存在していたという。

「夫婦で参加していると思ったら、旦那さんの彼女や奥さんの彼氏も一緒に参加していたそうです。ほかにも、サンクスギビングデー(毎年11月下旬に行われる感謝祭で家族団らんする日)に、離婚した両親が新しいパートナーや子どもたちを連れて、総勢15人が集まった話も聞きました。日本だったら気まずい空気が流れそうですが、みんな和気あいあいと楽しんでいたそうです」

去年、参加した友人宅でのサンクスギビングデー

こうした経験を通じて、acchiさんは文化や価値観の違いを否定せず、まずは受け入れる姿勢を身につけた。

「はじめは日本との違いに驚くばかりでした。でも、礼儀や常識は文化やバックグラウンドによって違います。私にとっての『普通』は、誰かにとっては『異常』かもしれない。そう気づいてから、すごく楽になりました」

ただし、全てを無条件に受け入れる必要はない。

「否定はせず、好奇心を持って『そういう考え方もあるんだ』と認める。その上で『私はこう思う』と自分のスタンダードを決める。全部を受け入れると自分を見失ってしまうこともあります。だから、相手を認めつつ、自分の立ち位置をはっきりさせる。それが多様性の中で自分軸を保つコツだと思います」

マチアプで50人以上と会って気づいた「完璧な人間なんていない」

acchiさんにとって、最も大きな気づきをもたらしたのは、マッチングアプリで50人以上と会った経験だった。もともと人付き合いは得意ではなく、パーティーでは壁際に座って過ごし、初対面の人と話すことはできるだけ避けていたという。

「友人のパーティーなら、初対面の人とは話さなくてもやり過ごせますが、マッチングアプリは1対1で、絶対に話さなきゃいけない。逃げ場のない『人間関係の特訓場』でしたね」

最初は苦痛でしかなかった。何を話せばいいか分からず、相手にどう思われているか気になって仕方なかった。しかし、数をこなすうちにある発見をした。

「社長や医者といったすごい肩書きを持っていても、抱えている悩みは同じなんです。職場や家族関係の悩みなど。私はずっと自分だけが不完全で、他の人は全員完璧だと思い込んでいましたが、それは違ったんです」

自分も相手も同じ一人の人間だと捉えるようになると、不思議な変化が起きた。相手への純粋な興味が湧いてきたのだ。

「『この人はどんな人生を歩んできたんだろう?』『何に喜びを感じるんだろう?』と考えるようになると、自意識が消えていきました。そして、話が上手じゃなくても大丈夫だと分かると、心が軽くなりました」

自己肯定感の向上と他者への興味は好循環を生んだ。相手に興味を持てば持つほど、自分の見られ方を気にせず、自然体で接することができ、相手の反応も良くなる。その結果、さらに自己肯定感が高まった。

ストリートアートが溢れるブッシュウィック。さまざまな人々が行き交う

その変化のひとつとして、acchiさんはこう振り返る。

「自己肯定感が高まると、以前よりも会話を楽しめるようになりました。初対面の人とも自然に話せるようになり、その経験は友人関係や職場でのやり取りにも、少しずついい影響を与えている気がします」

日本人が苦手でも大切な「NO」の力

ウィリアムズバーグでYouTubeの撮影をするacchiさん

こうした数々のカルチャーショックを経験してきたacchiさんが、多様性社会を生きる上で最も大切だと考えるのは「NO」と言える能力だ。

「日本人の『NO』と言えない優しさは、必ずしも真の優しさではありません。相手は答えが欲しいだけで、曖昧な『YES』よりも、はっきり『NO』と言ってもらうほうが、かえって信頼につながることもあります」

さらに、「NO」と言えることは、相手との信頼を測る指標にもなるという。

「『NO』と言ったくらいで壊れる関係なら、その程度だったということです。本当に大切な関係は、意見の違いくらいで壊れません。むしろ、本音を言い合えることで、関係はより強まります」 

頭の中を整理して、自分軸を作るジャーナリング 

日本社会に根付く「和を乱さない美徳」は、多様性社会では足かせになりうる。異なる価値観を持つ人々と共存するためには、時に自己主張することも必要だ。

しかし、日本人はインプットは得意でも、アウトプットは苦手な傾向がある。自分の意見を発言することを躊躇する人も少なくない。

そんなときに役立つのが、自分の考えを整理する方法のひとつとしてのジャーナリングだ。

「その日あったことに対して『自分はどう思ったか』を書き出すんです。最初は『楽しかった』『つまらなかった』程度でも大丈夫。なぜそう思ったのか、何がそう感じさせたのかを深掘りしていくのがポイントです」

いきなり完璧な答えを出す必要はない。書き直しながら少しずつ本当の考えに近づけばいい。

「導き出した答えが周りと違っていたとしても、口に出すことで問題提起になります。誰かが口火を切ることでディスカッションが生まれるのです」

日本社会では、間違いを指摘されることを恥と捉える傾向があるが、多様性社会では、異なる意見の交換こそが豊かさを生む源泉になる。

不完全でも大丈夫! 自分軸で生きるヒント

コロナ以降、外食する機会は減ったが、たまにお気に入りのカフェでティータイムを楽しむことも

acchiさんは最後に、日本の良さを守ることも忘れてはいけないと語る。

「日本の礼儀正しさや清潔さは世界に誇れる文化です。それは守りながら、『正解はひとつ』という思い込みを手放す。多様性って『みんな違ってみんないい』を本当に実践することだと思うんです」

内気だった一人の日本人女性が、ニューヨークという多民族都市で学んだのは、完璧を求めず、自分も他人も不完全であることを認めること。そして、自分の意見を持ち、相手に純粋な興味を持って接することだった。

多様な価値観に触れながらも、自分らしさを保つ。この経験は、多様性社会を生き抜くヒントとなるだろう。

acchi  「Supreme」テクニカルデザイナー、YouTuber。大学在学中から海外に憧れを持ち、日本の大学卒業後、ジョージア州のデザイン学校でファッションを学び、ニューヨークへ。以降はファッションデザイナー・ファッションテクニカルデザイナーとして活動。’24年9月にスタートしたYouTubeでは、ニューヨークのさまざまな情報を発信している。

■acchi さんのYouTube 『NEW YORK STYLE /ニューヨークのリアルな声』はコチラ

acchiさん著『ニューヨークとファッションの世界で学んだ「ありのままを好きになる」自信の磨き方』(KADOKAWA)

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