
各地でクマの被害が相次いでいる(クマの画像はサンプルです/2023年秋田県でクマに襲われ負傷した男性)
11月11日、秋田市の民家で犬小屋を引きずる熊が目撃された。そこで飼っていた犬はいなくなっていたという。12日未明には宮城県内で走行中の乗用車と熊の衝突事故も起きた。連日報道されている日本全国での熊の出没事件や襲撃事件。すでに多数の犠牲者が出ており、その数は過去最悪レベルとなっている。
腹を空かせた熊にとって人間は“餌”であり、容赦なく襲いかかってくることも珍しくないという。その凶暴性を知れば知るほど、熊害(ゆうがい)の深刻さを痛感するばかりだが、悲惨な事態を避けるためにも、過去の熊による人身被害を知っておくことは重要だろう。
さまざまな熊被害をまとめた別冊宝島編集部編『アーバン熊の脅威』から、2000年以降に日本国内で発生した3つの熊襲撃事件を紹介する。(一部抜粋して再構成)
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大量の土と木の葉をかけられ遺体の下半身を埋められる
【豊羽鉱山遺体引き回し事件】
発生年月日:2001年5月5日
発生場所:北海道札幌市
犠牲者数:死者1名
熊種:ヒグマ
2001年5月5日の早朝、札幌市在住の五十代男性は「定山渓の豊羽鉱山へ山菜採りに出かける」と言って、一人で家を出た。定山渓は札幌市街から近い温泉街で、まるで危険は感じられない観光地である。
ただし男性が向かった豊羽鉱山は、同じ山系ではあるものの温泉街からは10キロ以上も離れていた。2006年に鉱山が閉じられる以前のことで、この時はまだ操業中だった。しかしゴールデンウィークのさなかであれば人も少なく、山菜採りには絶好の穴場だとこの男性は考えたのだろう。
男性の自宅からは車で1時間前後。昼過ぎには帰宅するものと思われたが、夕方が近づいても帰らないことを不審に思って家族が捜しに行くと、男性の車は山道の入口付近に停められていた。
この近辺ではヒグマの目撃情報が続いていて、注意を呼びかける看板が立てられていた。
翌日になって警察官、消防署員、猟友会員ら約60名による捜索が始まると、停められていた車から200メートルほど山中に入ったところで熊を見つけた。これを射殺したあとに近くの捜索を続けると、行方知れずだった男性の遺体が発見された。遺体の下半身は大量の土と笹の葉で埋められていた。
遺体の顔面には深い爪跡が残り、背中面にも無数の浅い傷があった。そうして腕や脚、臀部、腹部には大きく喰われた痕跡が残されていた。
その後の現場検証で、遺体の発見現場とは離れたところから被害男性の長靴が見つかった。また、そこから30メートルほど離れたところには熊が爪で土をかき集めたような跡が残されていた。そこは遺体の発見現場から60メートルほど離れていた。
これらのことから推測すると、被害男性は最初に殺された場所から30メートルほど引きずり運ばれ、熊はいったんそこに遺体を埋めようとした。しかし気が変わって、さらに60メートルも離れたところまで遺体を運び、餌の保管のため土に埋めたのだと考えられた。
熊を発見した際、大きく両腕を上に挙げて捜索隊を威嚇してきたのは、自分がせっかく隠した獲物をなんとか守りたいと考えての行動だったわけである。

被害者が埋められていた場所は、熊からは見えやすく、見張る熊は茂みで発見されにくい環境だった

ベテラン猟師の常識として、サケを捕食中のヒグマに近づくのは自殺行為に等しいとされる
サケの捕獲場へ不法侵入したところで野生の熊とバッティング
【標津町サケ密猟者殺害事件】
発生年月日:2008年9月17日
発生場所:北海道標津町
犠牲者数:死者1名
熊種:ヒグマ
2008年の初秋のこと。そろそろ午後11時になろうかという真夜中に、2人の男性を乗せた一台の車が北海道標津町を流れる当幌川へ向かっていた。
国道脇に車を停めると、一人がそこから茂みの中へ踏み入って、川岸へ向かう。行く先にはサケの捕獲場があった。2人はサケの密猟を企んでいて、そのための下見に訪れたのだった。
男性が川へ向かってからしばらくすると、暗闇の中から悲鳴が上がり、続いて獣の唸り声が車内にまで聞こえてきた。車に残っていた男性が声のほうへ向かった。すると最初の男性が頭から血を流してうずくまっていた。
2人はなんとか車まで戻り、近くの病院へ駆け込んだ。被害男性は顔面を粉砕骨折していた。頬にはヒグマの爪によるものと思われる傷が深く刻まれ、鼻から上唇にかけては皮膚がめくり取られて頭蓋までが見えていた。顔面以外の受傷はいくらかのかすり傷や打撲だけだったが、結局被害男性は出血多量により、日付をまたいだ頃に死亡が確認された。
現場には、内臓だけを食べたらしいサケの死骸が散乱し、熊のものと思われる毛や足跡が残されていたという。
おそらく被害男性は、熊がサケを捕食しているところに鉢合わせして、これに驚いた熊の攻撃を受けてしまったのだろう。
当幌川は大量のサケが遡上することで知られていたが、事件の起きた場所は熊の目撃情報も多く聞かれていた。サケの遡上のピークの頃は、これを食べにやってくる熊と遭遇する危険がグンと増加するため、地元の人々はまずこの時期に川へ近寄ることがなかったという。
被害男性も地元の住人であり、そうした熊の危険性は知っていただろうが、他に人が来ないからこそ逆に密猟をやりやすいとでも考えたのだろうか。
熊も密猟者も、同様に人目を避けて夜半にやってきたところでバッティングしたとなると、なにやら自業自得と思われなくもない。
なお男性を殺して逃げた熊は1か月ほどの探索の末に、現場から4キロほど離れた山林で見つかり、駆除されている。

ヒグマが冬眠中に出産するのは、無防備になる出産を外敵に妨げられることなく、最も脆弱な時期の赤ん坊を巣穴の中で守るためという
自動車事故と同等の腕力で人体の内部組織まで破壊する熊
【厚別町山菜採り夫妻襲撃事件】
発生年月日:2021年4月10日
発生場所:北海道厚岸市
犠牲者数:死者1名
熊種:ヒグマ
午前11時ごろ、「夫が熊に襲われた」と110番通報があった。北海道厚岸町の山林で山菜採りをしていた女性からだった。
およそ2時間半後に厚岸署の警察官や消防隊員が駆けつけ、頭から血を流して倒れている男性を発見し、その場で死亡が確認された。
釧路市から厚岸にまで山菜を採りにきていたこの六十代の夫婦は、道路脇に車を停めて山林へ入っていった。しばらくして妻がヒグマの影を見つけ、背を向けてそっとその場を離れようとした瞬間、夫の「ギャー!」という悲鳴が聞えた。
振り返ると夫は熊に襲われていた。妻一人ではどうにもできず、車に戻って携帯電話で通報した。妻はケガひとつなく無事だったというが、目の前で夫が襲われたショックは相当なものだったろう。
地元の猟友会員4人をはじめ警察、消防、町職員らが現場へ向かい、遺体を回収。検死によると頭や首の挫滅創が死因ということだった。挫滅創とは自動車事故のような強い外部からの衝撃を受けて、皮膚や体内の組織が損傷した状態をいう。
テレビなどでは「熊に襲われながらも死闘の末に生還した人」が紹介されることがしばしばあるが、それはあくまでも奇跡的なこと。自動車事故ほどの破壊力を持つ熊と正面から組み合えば、万に一つの勝ち目もない。
事件の起きた現場は、地元住民たちが「熊の通り道」と呼ぶほど、熊の出没が多いところだったという。町でも以前からホームページなどで注意喚起をしており、身の安全を図るためにはそうした情報を欠かさずチェックしておかなければなるまい。
被害男性の遺体の周囲に熊の姿は見つからなかったが、その後、事件現場から30メートルほど離れた場所で、熊が冬眠していたらしき穴と子熊の死骸が発見された。子熊は偶発的な事故で死んだようだったが、その状況からは「母熊が、動かなくなった子熊を心配し、守ろうとしていたところにたまたま被害者がやってきて、これを排除しようと襲いかかった」といったシチュエーションが考えられる。
結局、男性を襲った熊は見つからなかったが、母熊が子熊を守るための攻撃であったとすれば、継続して人を襲い続ける危険性は低いと思われる。
取材・文/早川満