
現在放送中のNHKの連続テレビ小説『ばけばけ』では、ヒロイン・松野トキ(郄石あかり)の母親・フミをが演じている。トキの育った松野家は、松江藩士だった父・司之介(岡部たかし)が明治維新によって失職して以来、貧乏生活を送っているが、それでも母のフミのおおらかな人柄のおかげで精神的に救われたということが、ドラマが始まって以来何度となくあった。
「物申すところは物申すのがフミですから」
じつはトキは、フミの親戚の雨清水タエ(北川景子)が出産後まもなくして松野家に養女に出した子だった。しかし、フミは実の子同然に育ててきたトキの幸せを誰よりも願っている。一方、タエは夫の傳(堤真一)の死後、物乞いをするまでに零落してしまう。
先週(11月10日~14日)放送分では、トキが生母であるタエを助けようと家族に黙って、アメリカから来日した新聞記者レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)の女中となり、妾にさせられることも覚悟して働き始めると、その給料の一部をタエの息子である三之丞(板垣李光人)に渡す。
結果的にトキは妾にならずに済んだものの、彼女の行動を知ったフミはショックを受け、生みの親のためなら体を売っても構わないのかと嘆く。これをトキはきっぱりと否定、さらに彼女にもらったお金を返そうとする三之丞を叱責する。そのやりとりを黙って聞きながら、フミは娘の思いを少しずつ理解していくのだが、そんな心情の変化を池脇は顔の表情だけで表現してみせ、見事だった。
雨清水家はフミの親戚とはいえ、家柄は松野家より上なので、フミはタエと傳にはずっと気を遣ってきた。それでもフミはトキに対しては「絶対に私が育てる」というプライドを持っているので、池脇も《それをところどころでちゃんとタエ様に見せなくちゃいけないと思いながら演じました》、《雨清水家のお二人に気は遣うけれども物申すところは物申すのがフミですから、そこはもう自分の子供を守る一心でやりました》と語る(NHK『ばけばけ』公式サイト2025年10月24日配信)。
ヒロインを演じた朝ドラ『ほんまもん』でNHKに“反抗”を…
きょう11月21日に44歳の誕生日を迎えた池脇自身、「物申すところは物申す」姿勢をデビュー以来貫いてきた。彼女は、いまから24年前の連続テレビ小説『ほんまもん』(2001年度後期)でヒロインを演じているが、このときも、NHKに対してちょっとした反抗におよんでいる。
11月21日に誕生日を迎えた ©時事通信社
『ほんまもん』も『ばけばけ』と同じく大阪放送局の制作で、地元出身ながら当時すでに東京の事務所に所属していた彼女に、NHK側は住むところを用意した。ただ、そこにはほかの新人と一緒に入らねばならず、撮影現場にも電車で通わないといけないなど制約が多かった。しかし、彼女は「そういうのは、いやです」と全部断って、住む場所は別のところを借り、移動も東京から車を持ってきて送り迎えしてもらったのだとか(『週刊朝日』2006年10月6日号)。そもそも朝ドラには何が何でも出たかったわけではなく、事務所からとにかくオーディションへ行ってほしいと言われたので受けたにすぎないという。
デビュー作のCMもオーディションで
いまでこそ朝ドラのヒロインには、相応にキャリアを積んできた俳優が起用されることがほとんどだが、かつては新人の登竜門という性格が強く、多くの若手俳優が勇んでオーディションに挑戦していた。ただ、池脇の場合、その4年前の1997年に「三井のリハウス」のCMで8代目リハウスガールとしてデビューすると、映画『大阪物語』(市川準監督、1999年)に続き『金髪の草原』(犬童一心監督、2000年)で主演し、ドラマにもあいついで出演していた。それだけに彼女のなかでは、新人として朝ドラに出ることには抵抗があったらしい。
もちろん、あとから振り返れば朝ドラでヒロインを演じたことは俳優として大きなステップとなった。そのオーディションでも、課題を与えられてその場で芝居をすることが面白くて、合格することより「お芝居ってホント楽しいなあ」と考えていたという。
池脇は幼い頃からテレビに出て演技をする人になりたくて、小学校の卒業文集にも「将来は女優になりたい」と書いていた。デビュー作となった「三井のリハウス」のCMは、テレビ東京系の番組『ASAYAN』でオーディションを行うというので、彼女の夢を知っていた友人が応募してくれたという。
このオーディションの最終選考の審査員だったCMディレクターの市川準は、控え室では目立たなかったのにカメラの前に立つと急に輝き出す池脇にすっかり魅せられる。「三井のリハウス」のCMに続いて市川が監督した『大阪物語』の企画も、彼女をどうやって育てていこうかという話から持ち上がったという。
「小さい仕事も一度相談して」デビュー当時から見せていた“根性”
この映画はタイトルどおり大阪を舞台に、沢田研二・田中裕子夫妻が劇中でも夫婦漫才師を演じ、池脇はその娘・若菜の役だった。撮影は、若菜の成長を描くため、1997年秋から翌年の夏まで長期にわたった。その過程でロングヘアをばっさり切らねばならず、たまらなくいやだったが、母親から「女優さんてな、おばあさん役を演じるために、歯まで抜いた人がおるんやで」などと説得され、《女優さんってそれくらい根性ないとアカンのやなぁって》観念したという(『週刊朝日』1999年3月12日号)。
もっとも、彼女の根性はデビュー当時から相当なものだった。事務所は当初、池脇をアイドル的に売り出そうとしており、仕事を勝手に決めてしまったことがあった。これに彼女は納得できず、《事務所に相談して、「お願いだから小さい仕事も私に一度相談してもらいたい。勝手に進められると困る」という話をした》という(『週刊朝日』2006年10月6日号)。
以来、仕事に対して「ノーはじゃんじゃん」言うようになった。童顔で幼く見えるルックスに反して、飛び出す言葉は鋭くて強いので、《よく言われます。アニマルとかモンスターとか(笑い)》と本人も認めるほどだった(『週刊朝日』2007年5月18日号)。
前出の『大阪物語』で映画各賞の新人賞を総なめにして以来、声優を務めたスタジオジブリのアニメ映画『猫の恩返し』(森田宏幸監督、2002年)、妻夫木聡と共演した恋愛映画『ジョゼと虎と魚たち』(犬童一心監督、2003年)など多くの話題作に出演してきた。
「早く年を取りたい」「年齢を重ねることが楽しみ」
池脇はある時期から、演じることを「役を生きる」と表現している。たとえば、24歳で主演した映画『ストロベリーショートケイクス』(矢崎仁司監督、2006年)の公開時には、《今の私にとって、役を演じるとは生きることですね。役を生きるということが、が生きることでもある。その関係性に幸せを感じます。確かにいろんな人の人生を生きるのはしんどいけれど、経験を積んで、早く年を取りたいんです(笑)》と語っていた(『キネマ旬報』2006年9月下旬号)。
「早く年を取りたい」と述べた5年後、30歳になった直後には《年齢を重ねることが本当に楽しみ》と言うまでになり、その理由を《同じような役は一つとしてない、ということも分かってきましたし、『大阪物語』が十五歳の時だからこそ出来たお芝居だったように、今しか出来ない演技、これから出来るようになる演技があると感じているからなんです》と説明している(『週刊文春』2011年12月1日号)。
撮影が終了するまでは人と会わないように
20代後半から30代にかけてのこの時期には、『丘を越えて』(高橋伴明監督、2008年)で二人の男性から求愛されるヒロインを、黒沢清監督のWOWOWのドラマ『贖罪』(2012年)第4話では初めて悪女役を演じるなど、役の幅も広がっていった。
池脇はブログやSNSをやっていないこともあり、いまどきの芸能人には珍しくプライベートは謎に包まれている。いくつかの雑誌記事で語ったところでは、とりたてて趣味と言えるようなものはなく、楽しみといえばお酒を飲むことぐらい。ただ、晩酌をしていても仕事のことを考えることが多いらしい。31歳のときのインタビューでは、《トイレに行ってもお風呂に入っても、常に仕事のことを考えています。ズルい言い方ですけど、私のなかでは仕事が100%で、そのなかに恋愛や家族が入っている。仕事あっての私で、それがないと私じゃないんです》と言い切っている(『ゲーテ』2013年10月号)。
撮影の準備段階から終了するまでのあいだは、人と会わないようにしている。それも、仕事に入ると役のことばかり考えてしまい、そんなときに人と会っても上の空になっていたりするので、相手に失礼だし、自分も楽しくないからだという(「GINZA」ウェブサイト2018年8月12日配信)。
役作りで「太ってくれ」と言われ…
映画『凶悪』(白石和彌監督、2013年)では、家庭を顧みない夫から義母の介護を押しつけられる主婦・洋子がその苦しみを爆発させるシーンがあり、相手役の山田孝之は彼女の凄まじい剣幕にたじろぐほどだったという。このときも池脇は役について夜ひとりで考えることが多く、《ふとした瞬間に“あれ、今私、洋子になったつもりで考えている”と気付くことがあって。それぐらい深く考えましたね》という(『OZ
plus』2013年11月号)。
30代に入ってさらに演技に脂が乗り、2013年には『凶悪』のほか『舟を編む』『潔く柔く』で報知映画賞の最優秀助演女優賞を受賞、翌2014年に公開された『そこのみにて光輝く』(呉美保監督)でもアジア・フィルム・アワードの最優秀助演女優賞のほか国内の数々の映画賞に輝いた。
このころより母親役を演じることも増えていく。『そこのみにて光輝く』と同じく呉美保監督の『きみはいい子』(2015年)で2児の母親役を演じるに際しては、プロデューサーから「太ってくれ」と言われて役作りしたという。その舞台挨拶では《そのとき別の現場でも撮影していたので、今太っていくとつながりがおかしくなると言ったら、『そんなの関係ない』って。前の現場では、衣装がだんだんきつくなってくるのをごまかしながら撮影を進めていました》と明かしている(「MOVIE
WALKER PRESS」2015年7月11日配信)。
多彩な母親像を演じ分ける
「同じような役は一つとしてない」と語るとおり、母親役も一つひとつ違う。キネマ旬報ベスト・テンの助演女優賞を受賞した『半世界』(阪本順治監督、2019年)では、山林と海に挟まれた小さな町で、稲垣吾郎演じる夫の紘と製炭所を営みながら、中学生の一人息子・明を何とか高校に行かせようと奮起する母・初乃を演じた。
誰よりも息子のことを愛する初乃だが、全編を通して観ると、夫の紘のことも同じぐらい愛していることがうかがえる。明があることで初乃に怒って家出してしまった晩には、酒に酔って帰宅した紘にいきなり布団の上で抱きついたかと思うとキスをし、“女”の部分を垣間見せてドキッとさせる場面もあった。
あるいは『マイスモールランド』(川和田恵真監督、2022年)で演じたシングルマザーは、高校生の息子が自宅に連れてきたクルド人難民の少女とその弟を温かく迎え、一緒に食卓を囲む。このとき少女から、父親が入国管理局に収容され、難民申請も却下されたと聞かされ、母親が頭を抱え、何もしてあげることのできないふがいなさを謝る姿に、日本の大多数の人々の難民に対する態度や心情が表されていたようで胸に刺さった。
同作もそうだが、近年の池脇は出番の少ない作品でも存在感を示している。『万引き家族』(是枝裕和監督、2018年)では後半、警官の役で登場し、取り調べのため安藤サクラ演じる女と対峙する場面が強い印象を残す。安藤の顔のアップが続くうえ、その圧巻の演技に並みの俳優なら完全に食われてしまうところだが、そこをがっぷり受け止めてみせたところに池脇の俳優としての力量を感じずにはいられない。
「どんな役でも入れられるように、ただの器でいたい」
ドラマでは2021年放送の『その女、ジルバ』(東海テレビ・フジテレビ系)で久々に主演を務めた。劇中、池脇演じる笛吹新は、結婚直前に恋人に逃げられたうえ、勤務先で左遷されてすっかり希望を失ったなかで40歳となる。だが、誕生日に街でたまたま見つけたバーで、見習いホステスとして働き始めたのをきっかけとして徐々に人生が変わっていく。ちょうど池脇自身も40歳を迎えようとしていた時期で、まさに等身大の役だった。
『その女、ジルバ』の共演者は、バーのママを演じた草笛光子をはじめ、ホステス役も中尾ミエ、中田喜子、久本雅美とベテランぞろいだった。かつて朝ドラのヒロインを演じたとき、共演する先輩俳優たちに対し《お芝居自体からはそんなに感じることはなくて、そこからフッと抜けたときのその人のもつ器の大きさとか、気配りに感動するんです》と語っていた池脇だけに(『週刊朝日』2006年10月6日号)、このときもきっと多くの感動を抱き、この先の人生について学ぶことも多々あっただろう。
『ばけばけ』をきっかけにまた母親役が増えるのではないか。それは年齢からして仕方がないことなのかもしれない。しかし、かつて《どんな役でも入れられるように、ただの器でいたい》と話していた池脇のこと(『PHPスペシャル』2018年10月号)、もっといろんな役を演じてみたいはずだし、観る側もそれを期待したい。
(近藤 正高)