
2025年11月8日。は、千葉・ZOZOマリンスタジアムでラストライブ「Break the 」を開催、四半世紀近くに及ぶその活動にピリオドを打ちました。
2001年、堂本光一さんのバックダンサーとして結成された同グループはさん、さん、田口淳之介さん、田中聖さん、さん、さんの6人でデビュー。紆余曲折を経て最後は亀梨さん、上田さん、中丸さんの3人が残り、今回、旧メンバーは映像や音声、メンバーカラーのライトで“登場”。船上に見立てたステージで、51曲を披露しました。
。(左から)、、。2025年3月31日をもって、グループは解散した(事務所HPより)
度重なるメンバーの脱退や活動休止(充電)など、やきもきさせられることも多かったですが、フィナーレには特大の宝箱をファンに授けてくれました。
「解散後ライブ」という異例の舞台を見事に成功させた。ライブを現地で鑑賞した筆者をはじめ、ファンが特に目を見張った、実にらしい“3つの光景”から、その勇姿を振り返りたいと思います。
15年前に脱退したがライブに
1つ目は、なんといってもさんの来訪です(田口さんはライブ当日、「高熱のため寝込んでいた」とSNSで報告。田中さんは覚醒剤取締法違反により服役中)。
デビュー以来、特に亀梨さんとの“仁亀”コンビは日本中を魅了し、ドラマ『ごくせん2』(日本テレビ系)での共演でその人気を不動のものとしました。
「海外での活動に注力したい」と退所
しかしながら、2010年7月にを離れた赤西さんはソロ活動に転向。長らく両者の間に目立った交流は見られませんでした。赤西さんの脱退については「方向性の違い」が理由だったのではとされており、たしかにうなずけるように思います。
在籍中も語学留学をするなど、世界に目を向けた活動を望んでいた赤西さんは、2014年にジャニーズ事務所(当時)退所が報じられた際、自身のSNSで「子ども時代から夢見てきた海外での活動にさらに注力したい」と発信。
以来、全米やアジアで精力的に活躍、最近ではNetflixのドラマ『匿名の恋人たち』の好演が話題となっています。
赤西さんの脱退当時、彼の選択に「顔をしかめた人はいなかった」と言えば嘘になります。けれど10年以上を経た今、アーティストが世界のマーケットを視野に入れ、自己実現を目指すことは尊重されるべきという時代になりました。
「仁亀」はインスタグラムを相互フォローも
この流れは止まることなく、(以下、STARTO社)では2022年にTravis
Japanがロサンゼルスでの歌・ダンスの武者修行を経て、メジャーデビューしています。
の解散後は亀梨さんも事務所を離れてソロ活動を本格化。2人の間に、共感できることも増えたのかもしれません。のデビュー日である3月22日には、赤西さんと亀梨さんがインスタグラムを相互フォローし、水面下で温かな絆が結ばれていることが見てとれました。
おそらくはメンバー間でも陰ながらエールを交わす気持ちはずっとあったのではないでしょうか。
赤西さんはステージに上がりこそしませんでしたが、開演前にプレゼントを持って楽屋を訪れ、メンバーと親しみ合う様子をSNSで披露しました。その姿にどれほどのファンが胸を熱くしたことでしょう。今は乗る船を違えても、同じ船で漕ぎ出した者どうし、変わらぬ愛と敬意があるのだと思いました。
あえて“銀テ”を飛ばさず、その代わりに放たれたのは…
2つ目は、ファンに対して「お宝は山分け」の姿勢を貫いてくれたこと。
昨今はどのライブでも、アンコールやシメのネームコールで華やかに銀テープが放たれるのが通例です。
ラストライブの“銀テ”ともなれば、「なんとしても手にしたい」と、ファンの間で争奪戦になることは必至です。けれどテープが届かない席のファンや、配信で参加したファンは、ほろ苦い諦めを抱いてその場を見守るしかありません。
しかし、今回のライブで銀テの代わりに飛んだのは、鮮やかな打ち上げ花火でした。次々と上がる花火に見とれつつ、「敢えて銀テを出さなかった」の意図を知り、おのずと胸が震えました。
周囲のファンからも、「銀テ飛ばなかったね」「そのほうがいいよ」とささやき合う声が聞こえました。最後の航海で「銀テを取れた人」と「取れなかった人」でファンが分断されることを、は望まなかったのだろうと思います。
「なるべくファンには等しいお宝を」との思いは、メンバー個々の活動でも垣間見られました。
亀梨さんのファンミーティング「TALK to ME」ではロビーに銀テープの回収箱が設置され、たくさん取れた人が取れなかった人に譲れるような試みがありました。
また、上田さんが主宰したハロウィンフェス「MOUSE PEACE
FES.2025」では、入場時にすべての人にお菓子が配られ、「一部のラッキーな人だけがもらえる」ことのないよう配慮してくれました。
皆そろってマリンスタジアムの空を見上げ、同じ思いを胸に刻めたのは、らしい粋な計らいのおかげだったと思います。
3つ目は、潔いケジメをつけてみせたこと。
アイドルグループは活動終了を迎えるその時、いかに終止符を打つべきなのでしょうか。
2021年11月1日、デビューから26年の記念日に解散したV6は、メンバーの誰ひとり欠けることなく最後まで駆け抜け、“グループが理想的に完結する姿”を見せてくれました。それは、後輩にとって大きな憧れとなったと同時に、良い意味でのプレッシャーにもなりました。
では、の場合はどうだったのでしょうか。
ファンが衝撃を受けた「最後の光景」
今回のステージセットには、デビュー前からコンセプトとして使用するなど、hyphen(ハイフン/のファンネーム)にはおなじみの、海賊船が用いられました。ファンが衝撃を受けたのは、ライブが終焉を迎えるまさにそのときです。
宴が繰り広げられた海賊船の帆は炎に包まれて燃え落ち、爆音とともに柱は崩れ、愛するハイフンが見守るなか、は自らの手で彼らの船を沈めていきました。
もう、による次の航海は無いのです。
同じ船で新たに旅立つような演出や、何か含みを持たせた仕掛けがあれば、ファンはずるずると思いを引きずるゴーストになってしまう。
ファンが思いに区切りをつけて新しい一歩を踏み出せるよう、ショッキングでも愛情豊かな決別を彼らは選んだのです。
そして、本当に最後は亀梨さん、上田さん、中丸さんが今回のライブグッズのシャンパングラスで祝杯を交わし、おたがいを讃え合う姿を見せてくれました。
先輩が絶賛、後輩がリスペクトした彼らの姿
優等生ではなかったけれど、「終わりよければすべてよし」を体現したの姿は、後輩たちにとって目指すべきロールモデルとなりました。
さらに終演後、ライブを観た人たちは次々とその感動を発信しています。
堂本光一さんは、
> 〈「元々自分のバックで組まれたグループ
> あんなにやんちゃだった奴らが大人になりファンに寄り添いながらライブをしている姿に感動 そしてそれを受け止め支えているファンの皆様の姿に感動 これからもそれぞれの新たな道を開いていくことでしょう」(ファンクラブ向けメッセージから一部抜粋して引用)〉
と、その成長ぶりを絶賛。
中島健人さんは、
> 〈「次は自分が後輩にそんな景色を見せてあげなきゃと思わされる最強の先輩達のラストライブでした。僕も必ずあの時の先輩のようなライブを東京ドームでやります。! 大好きです! 青春をくれてありがとうございました」(インスタグラムストーリーズより)〉
と、惜しみないリスペクトを表明しました。
先輩、後輩、そしてファンに心底愛され、祝福された。その御旗はアイドル史という大海原で、永遠に強くはためくことと思います。
(みきーる)