
役者でタレントの山口良一さんが今も築地本願寺を訪れる理由とは…?(事務所提供)
2025年11月22日の舞台出演前、きもちよく晴れた三連休初日の早朝に東京・築地本願寺の納骨堂で静かに目を閉じて手を合わせるのは、タレントで俳優の山口良一さん(70)だった。山口さんのSNSには、猛暑の日でも降雨の日でも築地を訪れたことが記されている。山口さんが寺に通い続ける理由は、2023年2月22日に急性大動脈解離で亡くなった笑福亭笑瓶さん(享年66)に会うためだった。
30年以上、週1回の収録で顔を合わせてきた山口さんと笑瓶さん。地上波時代から『噂の!東京マガジン』(BS-TBS)では隣の席で共演してきた。役者と噺家で年齢は2歳差、そんな2人は生前、プライベートではほとんど交流はなかったという。
そんな山口さんはなぜ、笑瓶さんの月命日に必ず墓参りをするのか。山口さんに笑瓶さんへの想いを聞いた。【前後編の前編】
──ご存命であれば、笑瓶さんは11月7日に69歳を迎えるはずでした。笑瓶さんが亡くなってから2年半、山口さんにとってはどんな時間だったでしょうか。
「あまり時間の長さが気にならないですね。笑瓶ちゃんは亡くなっているんだけど、(私は)亡くなったっていうのが実感としてあまり感じられないタイプの人間みたいで」
──笑瓶さんが亡くなって4日後には『噂の!東京マガジン』で追悼番組が放送されました。冒頭で山口さんが目を真っ赤にされて、涙する場面がありましたが。
「本番中にテレビで泣くなんてことはまずないんですよ。舞台なんかでやっているときはお芝居の中で泣いたりするシーンもありますけど……。自分でも泣いていたことに驚いていました。
本番前の控室にいるときは(清水)国明先輩のほうが泣いていたんです。それが本番中にふと横を見たら、いつも僕の左隣にいる笑瓶ちゃんの席が空いている。いない実感というか、いるべき人がいないことに耐えられなくなってしまって」
──山口さんにとって、笑瓶さんはいつも隣にいてくれるかけがえのない存在だったんですね。
「不思議なんですけど、僕はお酒飲まないので彼とプライベートでどっかに行ったこともないんです。番組の収録後に先輩たちに誘われて、みんなで飲みに行ったのは30年で2~3回あったくらい。
司会の森本毅郎さん(86)を交えて収録が始まる前の1時間と、収録が終わった後に楽屋で全員で話をしていました。それが2時間になるときもあるんですけど、笑瓶ちゃんと会うのは本当それぐらいなんですよ。
先輩の話に笑瓶ちゃんが突っ込んで、僕とは体調のこととか、お芝居のことや落語の話をしていることが多かったです。
毎回会うたびに、彼は『山口さん血糖値どなんやねん、数値はどう?』みたいな何気ない話をお互いにすることが多くて」
──笑瓶さんの人柄ですね。
「彼が亡くなってふと思ったことがあります。そういえば、仕事では毎週会って、プライベートのことも喋って、自分のこともよく心配してくれる人って、ほとんどいないなぁと。
そうなると、笑瓶ちゃんは僕にとって芸能界の数少ない友達だったんだ……と思ったんです。お恥ずかしい話ですけど、亡くなってから“友達”だと気づいたんです。遅いっていう話だよね。
だからもっといろいろやっとけばよかったなぁと思って。僕の趣味である銭湯巡りにも興味を持っていたと、亡くなったあとにお弟子さんの笑助くんから聞いて、だったらどっか笑瓶ちゃん家の近くの銭湯でもいいから一緒に行けばよかったなと思いました。楽屋では僕の銭湯話に合わせてくれていると思ってたんだけど、それがちょっと残念なところですね」

11月22日にも舞台本番前にお参りへ
いまも墓参りを続ける理由
──今も築地本願寺に足を運んでらっしゃいますが、どんな想いからでしょうか。
「お墓があるならお参りに行きたいと思って、(弟子の)笑助くんに連絡したら、築地本願寺の納骨堂で眠っていると聞いて。もう普通の墓参りと同じなんですよ。
行って手を合わせるだけなんです。『噂の!東京マガジン』でこんな取材してとか、森本さんはまだ足の具合が良くないみたい。でもみんな元気だよ。僕も今度芝居やるけど、ちょっと見守っててよ、みたいな報告ですね。自分の体調を報告するときもあるし、仕事の話をするときもある。そんなに長くいるわけじゃないですよ。報告をして、また1カ月後に、みたいな感じです」
──なぜ、毎月月命日の22日に笑瓶さんのもとを訪ねるのでしょうか。
「友人のお参りに毎月行くのも初めてで、親父の墓は広島にあるんですけど、何年も行ってないような状況です。それでも笑瓶ちゃんが友達だと気づいてからは行くことでちょっと自分が安心することもあるんです。自己満足なんですけどね。
人って亡くなるとどうしたってどんどん記憶から遠ざかって薄れていくもんじゃないですか。だけど月1回、笑瓶ちゃんに会いに行くっていうのが、感情で言うと嬉しさとはまた違う、懐かしさでもない。もう何も考えず当たり前みたいな感じなんです」
──この2年半、悪天候やお仕事でスケジュールが合わない日もあったと思いますが。
「22日はもう自分の中では築地に行くのが当たり前みたいになって、毎月カレンダーをめくって、22日に仕事があるんだったら前の日に行こうかとか、予定を立てるくらい日常になっています。
多分、自分の性格上、やり始めたら続けたいっていうのがあって、ある程度続けないと気が済まないようなところもあるし、それと一緒にしたら失礼なんだけど一回途絶えたら翌月に行くかなとか。そういう自分の中の性格への不安もあるんで、行くと決めたんだったら行こうと思っていて。それが別に暑くても寒くても雨が降っていても止めるかというのはないですね」
ときには笑顔で、ときには唇を噛みしめながら笑瓶さんとの思い出を振り返る山口さん。今回の取材の唯一の条件は「笑瓶ちゃんのことでギャラは受け取れない」ことだった。友を思う山口さんの想いは天国の笑瓶さんに届いているにちがいない。
(後編に続く)
文/千島絵里香(ジャーナリスト) 撮影/山口比佐夫