
日本全国でこれまでにない勢いでクマの出没が増えている
ある猟友会で見せてもらった動画に映っていたのは、鉄製の箱罠にかかった大きなツキノワグマ。唸り声をあげながら、なんとか逃げようと激しい力で檻に噛みついたり手を伸ばしたりしている。
「こんな鋭い爪で顔を引っ掻かれようものなら、一瞬で終わりですよ。クマを目の前で見たことはありますか? 私は山を、クマをよく知っているからこそ、本当に怖い生き物だと思っています」
そう語るのは秋田県内の猟友会歴50年という大ベテランハンター・門田孝雄さん(仮名)だ。門田さんが所属する猟友会は、自治体からの要請で連日のようにクマの駆除のために出動している。【前後編の前編】
秋田県などを中心に、日本全国でこれまでにない勢いでクマの出没が増えている。人里や市街地への侵入は連日のように発生し、環境省が11月17日に発表した今年4月以降にクマに襲われた被害者数は196人(速報値)と過去最多を更新した。死者数も13人と、かつてないペースで増えている。
秋田県横手市に住む高齢女性はこう不安を口にする。
「私達の生活は大きく変わりました。子供がいる家庭は車で送り迎えするようになってね。コンビニやらお店の自動扉も、クマが入ってこないように電源を切っています。電源を切った自動ドアって重いんですよ。私なんかはなかなか開けられなくて、その隙に後ろからクマがきたらどうしようなんて想像しちゃいます。どこに出るかわからないですからね」
前出の門田さんも「今年は例年とまったく違う。人間の生活区域に進出し、攻撃的な個体が多いですからね」と“異常事態”についてこう語るのだ。
「うちの猟友会は30人弱で構成されていて70代が中心。銃所持者はその3分の2ほどで、罠だけを扱う人もいます。メンバーは本業を持っている人が多いですから、自治体からの要請があれば、仕事の合間に駆けつけてクマの駆除に当たっています。
今年は自治体からの出動依頼が毎日のようにある。駆除数にしても、昨年は数頭だったのに今年はもう40頭を超えているんよ。さすがにおかしいですよね」
とはいえ猟銃の発砲にはルールがある。公道や農道、駅、住宅が集まる集落などの場所では撃つことはできず、日の出から日没までの時間制限もあるという。
「クマの目撃情報があったら、朝イチから昼頃まで見回ることはあるんです。ただクマって夜に活動するからね、夜に撃てるようになると駆除数ははるかに多くなると思いますよ」
出動回数は昨年と比べようもなく増えているというが、金銭的にはとても割に合う仕事ではないようだ。

今年は自治体からの出動依頼が毎日のようにあるという
「日当が出たりとか1頭駆除するごとに報酬が支払われたりとか、その地域によってルールは違います。でもみなさん儲かるっていう概念はまったくないんじゃないですかね。だってガソリン代もかかるし、タマだって1発1500円するようなものもある。それらの経費は報酬のなかに含まれますから、手元に残るのは本当に微々たる額です。私たちもボランティア精神でやっていますよ」
そんななかで特に辛いのは、クマを駆除することへのクレームなど、一般市民からの“口撃”だという。
「熊を駆除したら役場にクレームが殺到したなんていう報道もありますが、実は私達、猟友会の元にも来るんです。クマが立てこもった地域では延々と電話が鳴り続けますし、罠にかかった凶暴なクマが檻に噛みついているような映像が報じられると、『歯や爪がダメになったら自然に放してもその後生きていけない』『檻を使うのは止めろ』なんて電話がかかってくる。
でもね、一度人里に現れてしまった個体は、山に返してもまた戻ってくる。人間に捕まっても大丈夫だと学習してしまいますから。だから、駆除するしかないんですよ」
70代以上の高齢ハンターが、精神的、肉体的、金銭的な負担をしてクマを駆除している現状。それでも彼らが駆除に向かうのはなぜなのか。そこには山や動物への深い敬愛の念があった──。
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