
挫折を乗り越え見出したプロで生きる道
「バントは″恐怖″との闘いです。ピッチャーの『投球』と『バット』と『目』を一直線に結ぶように構えるのが基本。怖がって手を顔から離すと失敗しやすくなる。要するに、顔面めがけて飛んでくる球を確実に転がさないといけないのです」
今年8月に通算400犠打を達成したソフトバンクの今宮健太(34)が言葉を継ぐ。
「打者は3割打てば優秀とされますけど、バントはほぼ10割を求められる。重圧とも闘わないといけない。失敗した時の球場にいる何万人のタメ息は、けっこう刺さりますよ。『簡単じゃねぇよ~』って心の中では思いますもん(笑)」
歴代犠打ランキングで今宮より上にいるのは、通算533個で世界記録保持者の川相昌弘(元巨人)を筆頭に平野謙(元西武)、宮本慎也(元ヤクルト)の3人のみ。しかし、今宮は力強いスイングでファンを沸かせることもある。今シーズンは「100本塁打&400犠打」を達成。日本球界史上のみならず、海外でも見当たらない快挙なのだ。
若き頃の今宮はスラッガーとして将来を嘱望されていた。身長172cmの小兵ながら、明豊高校(大分)時代は通算62本塁打に加え、投げても最速154km/hの二刀流で・小さな巨人・の異名をとる甲子園のスターだった。
「ドラフト1位でプロに入って、最初は『3000本安打を目標にします』と大口を叩きました。この体格なので、ホームランは言葉にしませんでしたが欲はありました。年間20発くらい打てる打者になれれば、とか思っていました」
しかし、考えが甘かったと痛感するのに時間はかからなかった。
「二軍の試合に出て、ポッキリと心を折られました。高校時代は同学年で後に一流になる菊池雄星投手(エンゼルス)や大瀬良大地投手(広島)らと対戦していました。しかしプロでは二軍の投手にもキリキリ舞いです。同じ145km/hの直球でも質が違うし、変化球のキレもすごい。3000本とか言った自分がバカらしかった」
初めての挫折をいかに乗り越えるか。それが、天才球児が集うプロ野球で成功するか否かの大きな分岐点となる。
「僕が幸運だったのは、鳥越裕介さん(現・西武ヘッドコーチ)が二軍監督をされていたこと。鳥越さんに、野球はもちろんプロとしての在り方のすべてを教わった。球場に行くのが嫌になるくらい厳しく叱られてばかりでしたが、振り返ってみると何一つ間違っていないし、その後の人生に生きていることばかり。僕みたいな調子に乗るタイプには、それがよかったんです」
その中で鳥越二軍監督からは「オマエみたいなタイプは守備と繋ぐ打撃を極めてプロ野球で生きていくしかない」とはっきり言われたという。高校までスター街道を歩んできたプライドは当然ある。
「目の前の現実を見れば、そのスタイルを自分の仕事として受け入れないとプロでメシが食えないのは明白。だから、折り合いをつけるのは簡単でした」
いぶし銀で生きていく覚悟で、守備と犠打の練習に多くの時間を費やした今宮。100本塁打&400犠打は、今宮がプロで生きる道を見出したがゆえの偉大な記録なのだ。
10月23日発売の『FRIDAY 11月7日号』と有料版『FRIDAY GOLD』では、
今宮が2ケタ本塁打を記録しても「たまたまと思うようにした」などの肉声を紹介。直筆の目標などを撮った独自写真も多数掲載している。
『FRIDAY』2025年11月7日号より