映像ジャーナリストの伊藤詩織氏は、ドキュメンタリー映画での無断映像使用について謝罪しました。タクシー運転手の映像を承諾なしに使用したことを認め、謝罪していますが、他の倫理違反疑惑には言及していません。日本公開に向けてはさらなる承諾が必要とされています。
映像ジャーナリストの伊藤詩織氏が25日、元TBS記者から受けた自らの性暴力を告発していくドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」について、自身の公式サイトで謝罪文を掲載した。映画に登場する「タクシー運転手」について、無断で撮影・使用した映像だったことを認めた形だ。しかし、伊藤氏の元代理人弁護士らが厳しく指摘してきた、他の複数の倫理違反疑惑について一切触れなかったことに、ネット上で物議をかもしている。
「Black Box Diaries」謝罪の中身と未言及の倫理問題
謝罪文によれば、問題の映像は伊藤氏が「性暴力被害の証拠を探していた」過程で、被写体であるタクシー運転手の「承諾を得ずに撮影した」ものだという。映画使用にあたり「半年以上にわたり電話での連絡を試みたが、連絡が取れなかった」「国際的に認められる合理的な連絡努力に基づいて使用した」などと説明。最終的に「この判断は誤りだった」と非を認め、陳謝した。全文は、次のとおり。
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このたびは、タクシー運転手の方及びご家族の皆さまに深くお詫び申し上げます。
ドキュメンタリー作品『Black Box Diaries』において使用したタクシー運転手の方の映像 は、私が性暴力の被害の証拠を探している時に、ご本人の承諾を得ずに撮影したものです。
その後、ドキュメンタリー作品にその映像を使用するにあたり、半年以上にわたりご本人に 電話での連絡を試みましたが、連絡を取ることができませんでした。そこで、国際的に広く 認められている合理的な連絡努力の原則に照らし、この映像を承諾のないまま映画に使用しました。
しかし、この判断は間違いであり、ご本人やご家族の皆さまに多大なご不快な思いをおか けすることとなりました。この点について、心よりお詫び申し上げます。協議中も使用を続けたことについても謝罪いたします。
私はこの作品の監督であると同時に、性暴力の被害を受けた当事者でもあります。タク シー運転手の方は、私が被害に遭う直前の極めて重要な場面で、被害者と加害者の両方を目撃されたかけがえのない証人であり、司法手続きにも多大なご協力をいただきました。
その証言とお力添えは、私にとって計り知れない支えであり、真実に光を当てるための大きな力となりました。そのご支援と勇気ある行動に、深い敬意と心からの感謝を抱いております。さらに、このたびの謝罪を寛大に受け入れてくださり、新しいバージョンの使用をお許しいただいたことにも、改めて心より感謝申し上げます。
今後の制作においては、取材対象者や関係者の方々のご意見や状況に丁寧に耳を傾 け、誠実に取り組んでまいります。
このたびは誠に申し訳ございませんでした。
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この運転手は、被害直前の伊藤氏と加害者とされる人物の両方を目撃した「かけがえのない証人」であり、司法手続きにも協力した、いわば「恩人」だった。謝罪を受け入れ、伊藤氏が制作を進めている新バージョンでの映像使用を許可したという。
伊藤氏も「寛大に受け入れてくれたことに、心より感謝申し上げる」とのコメントを寄せており、両者間では「和解」に至ったように見える。しかしこの映画には、タクシー運転手の件だけではなく、手付かずのまま残されている問題がある。
日本公開に向けて残る倫理的懸念
今年2月、伊藤氏の過去の訴訟で代理人を務めた3人の弁護士、角田由紀子氏、加城千波氏、西広陽子氏が会見を開き、「黙って使われた人々の人権が侵害された」と映画の倫理的懸念を告発していた。「タクシー運転手」以外にも、「裁判以外に使用しない」との誓約書のもとで提供されたホテルの防犯カメラ映像や捜査官の音声、さらに元代理人弁護士らの音声や映像も無断使用されたことから、削除・修正を要求していた。
しかし、今回の謝罪文では捜査官や元代理人弁護士の映像無断使用については完全にスルー。X(旧ツイッター)では、27日までに謝罪した伊藤氏に対して評価が集まる一方、「連絡とれないのなら最初から使うな!」「人には厳しく自分に甘い」「どういう神経してるんだ?」など厳しい声が飛び、賛否が分かれている。
同作は、世界50以上の国と地域で公開され、第97回米アカデミー賞の長編ドキュメンタリー部門にもノミネートされたが、皮肉なことに無断使用の倫理的問題がネックとなり、日本ではいまだに公開されていない。
元朝日新聞記者のジャーナリスト、佐藤章氏は26日、自身のXで、同作の制作について「伊藤詩織氏はタクシー運転手だけでなく、通話を無許可録音した弁護士とも和解した上で日本公開を目指すべきだ。その他の方々の承諾も取る必要がある」と苦言を呈した上で、「映画はそのような労苦を重ねた上でもなお放映されるべきものだ」と日本での公開に期待を寄せた。
伊藤氏によると、同作の最新バージョンでは「個人が特定できないようにすべて対処する」というが、日本公開を実現させるためにクリアすべき課題は、まだまだありそうだ。
■伊藤詩織(いとう・しおり) 1989年生まれ。神奈川県出身。米ニューヨーク大学でジャーナリズムや映像制作を学ぶ。フリーランスとしてロイター通信などで活動し、主に人権やジェンダー問題をテーマに取材。2017年に元TBS局員から受けた自らの性被害を告発した著書『Black Box』で知られる。
(zakⅡ編集部・井上悟)

