
世界陸上で変わった″人生″
派手なメイクとネイルをほどこし、甘辛コーデに着飾った服の下にはバッキバキに割れた腹筋が隠されている。現在、大阪に暮らす普段の姿と、陸上トラックでの姿のギャップもまた彼女の魅力だ。
「ダボダボの服やヴィンテージのTシャツなんかが好きですね。シーズン中はあまりお出かけもできないので、ジャージ以外の洋服を着ることで気分転換になる。オシャレして、おめかしして、泥臭い練習ばかりしている自分とはまた別の自分を楽しんでいます」
陸上女子100mハードルの中島ひとみ(長谷川体育施設)は、30歳となった今年、自己ベストを更新し続け、9月には東京で開催された世界陸上に初出場。遅咲きのニューヒロインは準決勝レース直前の選手紹介でアニメ『鬼滅の刃』のポーズをしたことでも注目を集め、大会後には米国のスポーツブランド「ナイキ」と契約を交わした。いま、日本国内で最も旬な女子アスリートだろう。
「世界陸上で私の人生は変わりました。満員の観衆の中、今までに浴びたことのない大声援をいただいて、思い出に残るという言葉ではもったいないぐらい、大輪のお花をいただいたような感じでした」
兵庫県伊丹市で育った中島は中学に入学すると、当初はバスケットボール部に所属していたが、陸上部へ転部。バスケで培った跳躍力が活きたか、中学・高校と100mハードルで日本一に輝いた。
「ただ、大学、社会人と、長い時間、結果を残せなかった。日本一になった記憶というのはなかなか消えなくて、もう一度、その位置に立ちたいという一心で競技を続けてきました。今、『遅咲き』とか言われると、それだけの期間、人の目から消えていたんだなと実感します(笑)」
陸上のトラック種目はアスリートにとって残酷な現実を突き付ける競技だ。自分のパフォーマンスの良し悪しが「タイム」という目に見える結果に直結する。
「この世界には『早熟』と呼ばれるアスリートもいる。たとえ30歳になってからでも、努力をすれば成長できて、記録も更新できることを証明したかった」
目指すは『ロサンゼルス五輪』
昨年、ずっと目標にしてきた12秒台の領域に踏み入り、今年に入ってからは自己ベストを更新し続けてきた。そして7月には日本歴代2位となる12秒71をマークし、世界陸上に出場するための標準記録を突破した。それにしても、突然に記録が伸び始めた要因はなんだったのか。
「やっぱり12秒台で走れたことで、世界と勝負できるところまでは来ていないけれど、世界の舞台に立てるという足掛かりになったと思います。それに……夫の存在が支えになった。同じ陸上選手の夫とは一緒にトレーニングしています」
中島の夫は、陸上男子400mハードルの豊田将樹(富士通)だ。’23年に結婚していたが、豊田がドーピングによる資格停止処分を受け、それに対して不服申し立てを行っていたこともあり、発表したのは今年だった。
今、中島が目指しているのは日本記録の樹立であり、3年後に控えるロサンゼルス五輪への出場だ。
「当分の間は誰にも抜かされないような日本記録を作りたい。目標は12秒5(現在の日本記録は12秒69)。でも記録だけじゃなく、人の記憶にも残るような選手でありたいと思っています。それが大きな目標(五輪出場)にもつながるかな」
高校卒業後から雌伏の時を過ごすも、100mに10台あるハードルを飛び越えるように、人生に立ちはだかる困難を乗り越えてきた。
「私は走ることが大好き。もう一度人生をやり直せるとしても、同じ道を歩むと思います」
これからキャリアの絶頂期を迎えようという中島は、夫のサポートも得て、さらに世界へ羽ばたいてゆく。


