
どこが「危険エリア」か
死者を含むクマによる人身被害が全国各地で相次いでいる。山間部だけでなく市街地にまで出没し、人間の生活を脅かしている状況が続くが、そんななか、AI(人工知能)を活用して「クマと遭遇しやすい場所」を割り出した研究者がいる。地形や環境データ、過去の遭遇情報などをもとにリスクを予測したそのマップが示す「危険エリア」と注意すべきこととは。【前後編の後編。前編から読む】
AI予測マップを開発したのは上智大学大学院の深澤佑介・准教授(応用データサイエンス学位プログラム)。かつて在籍したNTTドコモでは「人口統計データ」分析を手掛けていた。同マップでは、過去の遭遇記録に気象・標高・ブナの実の豊凶情報などの自然要因と、人口分布・道路の有無・土地の利用状況といった社会的・環境的要因をAIに学習させている。
「例えば自治体の発表するクマ遭遇の位置情報に、『土地被覆図』を重ねると、落葉樹が多い、湿地であるなど遭遇した場所の土地利用状況がわかります。それ以外にも道路の有無や人口密度、高齢化率などを組み合わせて、“人とクマが交わる場所”を導き出しています」(深澤氏)
AI予測は人の居住エリアを対象にし、1キロ四方ごとに遭遇リスク(クマとの遭遇確率)を5段階で評価している。日常的に人の気配がない山奥などは対象外だ。
そのうち、緯度・経度など遭遇地点が多い「秋田県」、人口密度の高いエリアと接する「札幌市」「東京都」のマップを見てみよう(実際の遭遇を示す×は9月末時点のもの)。

AIが予測「クマ遭遇地形が丸わかり」【秋田】
クマもパニックになる
10月以降6000件近い遭遇情報が報告され、人身被害が多発している秋田県。市街地でも多数の遭遇があり被害が拡大した。深澤氏が言う。
「秋田に関しては危険エリアが広範囲に及んでいます。通行量が少ない町と町をつなぐ山間の道路はクマの生息域を通り抜けるイメージなので遭遇しやすい。10月20日にJR湯沢駅周辺で4人が襲われましたが、近くに山があり川が流れる市街地エリアは、夜間に川沿いをクマが伝ってくる可能性があります」
被害が多発する湯沢市では街から人影が消え、厳重警戒が続いている。
札幌市では中心部から離れた山沿いの市街地エリアにAI予測が集中。

AIが予測「クマ遭遇地形が丸わかり」【札幌】
10月1日正午ごろには同市南区にある十五島公園内でクマが1頭目撃され、ハンターによって駆除されている。
「札幌市南西部は自然豊かなエリアで山の際にあり、川が近い。クマが身を隠せる薮などがあると考えられるため、特に注意が必要です」(深澤氏)
AIが危険エリアと予測した市街地でより注意が必要なのは、クマが予測不能の行動に出るリスクがあるからだ。最近は東海大山形高校野球部の室内練習場など、施設内に入り込むクマの事例も多数報じられている。クマ研究の第一人者である小池伸介・東京農工大教授が言う。
「市街地に出てくるとクマはパニックになり、隠れようとしてドアやシャッターなどの隙間から屋内に入る可能性がある」

AIが予測「クマ遭遇地形が丸わかり」【東京】
東京西部の危険エリア
山が多い東京西部にも危険エリアがある。
「クマとの遭遇情報が前年比2倍超となった日の出町(西多摩郡)ですが、AI予測での遭遇リスクも高く出ています。日の出町は森林が近く、町内を平井川が流れている。その川沿いに薮を伝って出てくる傾向があると思います」(深澤氏)
クマが川沿いの薮を移動している可能性を示唆するAI予測の結果は、生態研究によっても裏付けられるものだ。小池氏はこう解説する。
「クマは基本的に姿を見られることを好まず、姿を隠せる薮などを伝って移動します。河川敷は薮が線状に繋がっていることがあり、警戒心の強いクマからすると移動しやすい。市街地の出没事例で近くに川が多いのはそうした理由からです」
そろそろ冬眠の季節に入るが、いつまで警戒が必要なのか。小池氏はこう注意喚起する。
「個体や地域差による時期のずれはあっても、クマは必ず冬眠します。しかし、今は人里のすぐ裏側辺りで冬眠する個体もいるはずです。市街地や住宅での誘引物の除去、川沿いの薮の伐採などの対策は続けるべきです」
深澤氏によれば、都内の要注意エリアは日の出町以外にもあるのだ。
「武蔵村山市の狭山丘陵は山や森としては飛び地ですが、近くにクマが生息している広大な山があるため、そこから今後クマが移ってくる可能性がある。そのため、AI予測的には遭遇リスクが高く出ています。また、八王子市周辺は山間に集落があり地形的に秋田に似ているため警戒が必要です。こういったエリアではハイキングなどのアクティビティのときに遭遇する可能性があります。特に人の気配が少ないエリアでは注意してほしい」(深澤氏)
AI予測を対策に活かしたい。
(前編から読む)
※週刊ポスト2025年11月28日・12月5日号