
渋谷は”表と裏がまったく違う街”
「今思うと、YouTuberとして活動してきたのも、小説を書くための準備だったのかもしれないですね」
心地よいテンポで淡々と話すのは、都市伝説系YouTuber『ミルクティー飲みたい』。
登録者数60万人以上、動画再生数は累計1億回。素顔を見せず、静かな語りだけで人気を築いてきた”裏側の語り部”が、このたび著者名・灯野リュウで長編小説『渋谷神域』(KADOKAWA)を上梓した。
誰もが知る若者の街・渋谷(東京)を舞台に、現実世界と異世界が交差し、『#神隠し』や『#記憶喪失』といったSNSの言葉。そして、失踪を遂げた若者たちの証言などから、謎を解き明かしていく新感覚ミステリーだ。
「渋谷って、誰もが知る大都市なのに、そのルーツを知っている人は意外と少ないんですよ。なんでここまで発展したのか、どういう積み重ねで”今の渋谷”になっているのか。見える部分は最先端の街でも、地形や神社の位置を追っていくと、古い神話や伝承が残っている。坂の角度や谷の深さにも理由があって”表と裏がまったく違う街”だと歩くたびに感じるんです。その二面性がずっと気になっていて、”記録として残したい”という気持ちがありました」
灯野が渋谷の裏側を語る時、その視線は自然と自身の原点である”都市伝説”へ向いていく。
「都市伝説にハマったきっかけは、たぶん”一人っ子だった”ことも大きいと思います。家にいる時間が多くて、ゲームや漫画ばかりの毎日を過ごしていたんですよ。宇宙人が出てくるゲームとか、そういう世界観がシンプルに好きで。それに、子どもの頃から”秘密結社って本当にあったらいいのに”と思っていました。
人生がちょっと退屈に感じる時期だったので、陰謀論みたいな世界観があるほうが面白かったんです。当時は秘密結社の『イルミナティ』なんて一般に知られていなかったけど、掲示板のオカルト系スレをずっと読んでいました。小学生の頃から調べていたので、今思えば早熟ですよね(笑)」
有名になりたい気持ちはゼロ
都市伝説系YouTuberというイメージが強い『ミルクティー飲みたい』だが、初期の投稿はまったく別のものだった。
「最初は、ゲーセンで取ったフィギュアを紹介する動画を上げていました。当時はフィギュア紹介系のYouTuberが多くて、僕もドラゴンボールやワンピースのフィギュアを紹介していたんです。再生数が100を超えたら“やった”って喜ぶような感じでしたね。
そんな時に、ふと都市伝説の話を一本だけアップしたんです。当時、北朝鮮が日本にミサイルを撃っていた時期で、『何秒で届くのか?』『どこに逃げればいいのか?』といったことを話したら、それがすごく伸びて……。
ただ、僕の場合は、いわゆる”都市伝説”というだけの内容ではなくて、疑問点を自分なりに調べて、検証して、自分独自の視点で話してはいたんです。たしか9万回再生くらいでした。こういう話を求めている人が多いんだと実感して、自然と都市伝説の比重が増えていきました。そこから”裏側を語るスタイル”が自分でもしっくりきて、チャンネルの形が固まりました」
顔を出さない独自のスタイルについて尋ねると、灯野らしい淡々とした答えが返ってきた。
「有名になりたい気持ちが、本当にゼロなんです。顔を出して注目されたいとか、街で声をかけられたいとか、その欲がまったくなくて……。むしろ目立つと落ち着かないタイプなんですよね。それに、都市伝説って”語り手が主役じゃない”と思っています。語り手の顔やキャラが前に出ると、話の温度が変わってしまう。内容が薄く感じられることすらある。だから、僕の顔が出ることで邪魔になるなら、出さないほうがいい。そう思って今の形になりました」
YouTuberとして活動してきた灯野にとって、小説執筆は大きな挑戦だった。
「初めは”どう書けばいいか”が本当に分からなかったです。一人称と三人称の違いも曖昧だし、文章のリズムも全部手探り。今までも小説は読んでいましたが、”書く前提で読む”と視点がガラッと変わるんですよね。あと、小説って意外とルールが多いと感じて……。みなさんは、ある程度そのルールに沿って書いている。それを真似しようともしたんですけど、途中で”ちょっとハズしてもいいんじゃないかな”と思って。今回あえてハズした部分もあります。初めてなので許してもらえたらいいですが(笑)」
『渋谷神域』では都市伝説に加えて“異世界”も物語の核となっている。だが、その要素を取り入れることには大きな葛藤があった。
「最初は”異世界って出しちゃダメなんじゃないかな”と思っていたんです。安っぽく見えてしまう気がして。大前提としてミステリーなので、超常現象で解決に持っていくのは読者が納得しないじゃないですか。でも、辻村深月さんの『かがみの孤城』(ポプラ社)を読んだ時、衝撃を受けたんです。現代が舞台なのに、鏡の中に入ってしまう設定が違和感なく成立していて”あ、こういうことができるんだ”と気づきました。トップ作家が現実の世界にファンタジーの層を重ねている。それを見て、自分の作品にも大きな要素として取り入れることにしました」
今後について尋ねると、灯野は迷いなく語った。
「次も(小説を)書きたいです。ただ、量を増やしたいわけじゃなくて、毎回ちゃんと自分が成長できるようにしたい。作品ごとに”まだ見ていない領域”に挑戦したいんです。
たとえば、土地の呪いや記憶の継承──。時間や場所を越えてつながるテーマは、ずっと興味があります。『渋谷神域』を書いた時に”土地が記憶を持っている”という感覚があって、それがすごく面白かったんです。
YouTubeはもちろん続けます。あれはライスワーク(編集部注:生計を立てるために行う仕事)で、生活の一部。でも、小説はライフワーク。時間がかかってもいいので、自分の世界を広げられる限りは続けていきたいです。YouTubeと小説は全然別のものに見えますけど、”語る”という意味では同じ。この二つを両立させながら、自分の表現がどこまで広がるのか。そこに挑戦し続けたいですね」
新たな”領域”に踏み込むため、ミルクティー飲みたい・灯野リュウは挑戦を続けていく。




