《課題は人間側の“管理”》「人の存在を気にしなくなっている」人馴れグマにどう対応? “クマ教授”が語る理想的な共生社会「必ずしも殺なくて済むような対策をとってほしい」

クマ研究の第一人者である坪田敏男教授が語る”共生の課題”とは──(坪田氏提供)

クマ研究の第一人者である坪田敏男教授が語る”共生の課題”とは──(坪田氏提供)

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「人間の怖さを教えることが大切です。問題ないクマまで殺さなくても済むように」──こう語るのは、国内におけるクマ研究の第一人者である、北海道大学大学院獣医学研究院の坪田敏男氏だ。

前編の記事では、最近急増しているクマの食生活についての分析や、冬眠の役割について解説した坪田氏が、人間とクマの“共生社会”について語る。【前後編の後編。前編から読む】

同氏によれば、クマの人的被害の主な原因はドングリなど、クマの餌になる植物の不作なのだという。空腹のクマがストレスを溜めた状態になり、食糧探しの過程で人里に近づいてしまうことで、被害が増えるというわけだ。

坪田氏はさらに要因があると話す。

「日本の場合はクマと人の居住域の接点が非常に近い。かつては里山と呼ばれる場所には人がいて、色々な活動をしていました。薪をとったり、あるいは犬を飼いながら生活をしていたり。そういう場所から過疎化で人がいなくなっている。特に被害の多い秋田県や岩手県は過疎化の進み具合がより早い。人が少ないですから、クマに対して“これ以上出てきてはいけないよ”と示す境界線がより曖昧になってしまう。

あと最近はハンターも減っていますから、クマが山中で人に追われる機会が少なくなってきたということもあります。総じて、クマが人の存在を気にしなくなっているのです」

ポイントは親の“体験”だという。坪田氏がさらに続ける。

「クマは生後1年から2年くらい、母親と一緒に行動します。その中で色々なことを教わるんですね。これが食べるものだよとか、ここに行けば食糧があるとか、冬眠する場所があるとか。さらに“ここから先は人の世界だから近付いてはいけないよ”だとか。つまり、母親がハンターから逃げるという体験がなければ、クマは人の脅威を認知しにくいということです」

こうした“人馴れグマ”の傾向を受け、たとえば北海道の一部の地域では1990年まで実施されていた「春グマ駆除」にとって代わる、「春期管理捕獲」を再開している。本来は冬眠明けのヒグマを駆除することによる頭数管理が目的だが、坪田氏によれば「殺さずとも、山の中で追っかけ回すということが大事。仮に猟銃を撃たなくても、“人間は怖い存在”といった学習付けができる」のだという。

民家に侵入するツキノワグマ(時事通信フォト/兵庫県警浜坂署提供)

民家に侵入するツキノワグマ(時事通信フォト/兵庫県警浜坂署提供)

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クマとの共生課題「駆除しない手段もとってほしい」

駆除というと、自治体がやむを得ず凶暴なクマを射殺した場合、ほとんど毎回ネット上で賛否が分かれる問題だ。“賛成派”の中には〈人を殺したクマを駆除するのは当然〉といった意見から、〈山のクマを殺しまくって、一掃すればいい〉といった過激なものまである。

対して、“共生”を訴える人や団体も散見される。一般財団法人「日本熊森協会」は11月7日までに公式Facebookを更新。環境省と農水省に対して、「クマ出没問題に関する要望書」を提出し、〈捕殺で数を減らすことに偏った対策から脱却し、人とクマの生活圏をすみ分ける政策と予算化を求める〉旨の陳情をしたと報告している。

では坪田氏はこうした賛否についてどう考えるか。人間とクマの“共生社会”について、専門家としての見解も交えこう述べた。

「熊というのは進化の中で、採食に傾いた雑食性になってきた。ですから人間への被害の根底にあるのは、餌の問題が非常に大きいのですよ。餌を山の中できちんと獲れるような環境作りをしていくと言うのがまずひとつです。

そうは言っても、餌となる植物には自然のサイクルがあって、実りの良い年と悪い年がありますから、どうしても人里に出没する年があるわけです。問題はそういう時にいかに人間側が管理するか」

具体的にはどう対応すればいいのか。

「たとえばベアドック(猟犬)や、あるいはゴム弾や花火弾という熊を殺さないで済むような手段で威嚇をしたり追い払ったりする。そういう非殺傷性の方法をとりながら、駆除しなくて済むような対策もしてほしいなと思います。

対策は各自治体で指揮をとってもらうのがいいでしょう。最近の秋田県や岩手県のように自治体レベルでは難しい場合には、具体策を出せる専門家を環境省や都道府県レベルの機関から、市町村など各地域に配属してもらい、その人を中心にクマ対応をしていくというのが理想的ですね。そうした組織作りを行政は目指していただきたい」

同氏は現在も鋭意、冬眠メカニズムなどを中心にクマの研究を重ねているという。果たして坪田氏が語るような共存社会は今後、実現するのだろうか。

(了)