ことし“冬眠しないクマ”は増えるのか? 熊研究の権威・坪田敏男教授が語る“リアルなクマ分析”「エサが足りずイライラ状態になっている」

”クマ研究の権威”である坪田敏男教授がインタビューに答えた(坪田氏提供)

”クマ研究の権威”である坪田敏男教授がインタビューに答えた(坪田氏提供)

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クマによる人身被害が過去最悪のペースで続いている。全国で確認されているだけでも死亡者は13人(11月7日時点)で、東北地方を中心に目撃情報が絶えない。

防衛省は5日、被害が特に多発する秋田県の要望を受けて陸上自衛隊を派遣する“異例”の対応に踏み切った。県との協定に基づいて、今月末までクマの運搬や地域パトロールなど、後方支援に回る。

さらに同日、日本郵便は公式ホームページで〈クマ出没等に伴う業務の見合わせについて〉と題したリリースを発表。「社員の安全を守るため」などの理由から、クマ出没地域における夕方以降の配達業務を一部、見合わせるとした。

行政の負担増や、生活への影響が目立ってきているなか、専門家はこの事態をどう見ているのか。北海道大学大学院獣医学研究院教授であり“クマ研究の権威”でもある坪田敏男氏に話を聞いた。【前後編の前編】

坪田氏が、過去最悪のクマ被害水準だった2023年と比較して現状を解説する。

「例年になく異常な熊の数が出没していて、事故件数もかなり多いとみています。特に東北地方のツキノワグマですね。秋田県と岩手県が多いのは2年前と似ています。元々ツキノワグマが多い場所ですから、潜在的な出やすさがあると思います。

原因としては2年前と同じでドングリのなりが悪いという点ですね。この点は間違いない。これはもう、植物が持っている自然のサイクルなんですね。実がなる年とならない年があるんです。ドングリもミズナラとブナがあって、どちらかがある程度なっていれば被害が少ない年になる傾向があるんですけども、両方ならないと今年のように厳しい年になるんです」

NEWSポストセブンは今年に入り、クマ取材をたびたび行ってきた。その中で、「クラクションを鳴らしても逃げない」「軽トラに向かってきた」など“人を恐れないクマ”に関する証言がいくつかあった。こうした例年はみられなかったクマの変化についてはどう考えているのか。

川を渡るヒグマ(坪田氏提供)

川を渡るヒグマ(坪田氏提供)

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クマが抱える”ストレス”

「餌が足りていなくて、クマもかなり必死で探している状況だと思います。切実さが昨年と比べると大きく違いがあるのかなと。お腹を空かしていますので、クマにもかなりストレスがかかっていて、人間で言うところのイライラしているような状態になっている可能性があります」

坪田氏は「単に(クマの)攻撃性が上がったわけではない」とも話す。

「攻撃性が増えたわけでもなければ、“精神異常”ということでもない。基本的には餌が足りていなくて、空腹状態なのです。しかし個体差がありますので、イライラ度やストレス値は個体によっても違うと思います。実際に、餌がなく山の中で餓死してしまうクマもいます。なにか食べ物があればクマもしのげるのですが、残念ながら、山の中にクマの食べ物がない状況です。

ハチやアリも食べますが、それではほとんど空腹を満たせない。特に、冬眠前のこの時期の主食はドングリなどの植物。ほかには山ぶどうやマタタビですとか、サルナシなど、そのあたりの果実類も食べる。こういうものがあれば(空腹も)緩和されると思うんですけど。おそらく今年はいずれも量的には多くないんだと思います。

原因としては、すでに申し上げたとおり植物のサイクルなんですが、私は温暖化もなにかしらの影響を及ぼしていると考えます。今年の夏はとても暑かったですからね。しかし、そのへんは植物学者にも聞いてみないとわからないのと、たった1〜2年じゃ結論は出せない。これから先、解明されていくと思います」

同氏はさらにもう一点指摘する。

「加えて、クマの人馴れも進んでいる可能性があります。いわゆる里山から人が撤退し、そこにクマが入り込み、人の居住域に近いところまでクマの生息地が迫ってきています。人と出会う機会が増える一方で、痛い目に遭うことがなければ人を”危険な動物”と認識しなくなる。そうして人馴れが進むわけです」

まもなく年の瀬を迎えるが、これからクマの出没は減るのか。一部では“冬眠しないクマ”に関連した報道もあり、SNSやニュースのコメント欄でも心配する声が聞かれる。

こうした懸念について坪田氏は述べる。

クマによる被害

クマに襲われた男性。背中にも無数の傷跡が(2023年、秋田県)

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冬眠しないクマのメカニズム

「正直、そんなに増えていないと思います。本当にまれに少数のクマが冬眠しないで起きていたり、あるいは冬眠中に一度目覚めて外に出てきてしまうとか、そういう個体が人の目に触れますからニュースなどで目立ちますけれども。それはごくごく少数です。

そもそも冬眠する理由というのは冬になったら餌がなくなるからです。彼らは進化の中で草食に近い雑食性になってきたので、食事の8〜9割が植物なんですよ。冬になると餌が枯渇するから、冬眠に入ってなるべく動かないでエネルギーを節約する。冬眠する前に沢山食べておいて、蓄えた体脂肪だけで生きるというのが彼らの戦略なんですね。

動物園などで冬の間も餌を与えていると、クマは冬眠しないんです。ですから、食べ物があると冬眠しない場合もあることはたしかです。どこかに鹿の死骸があったり、人の残飯とかがあれば冬眠しないで餌を漁る可能性はあるでしょう」

坪田氏曰く、冬眠は「非常にユニークなクマの生理機構」なのだという。昨今のクマ被害に関連づけてさらに続ける。

「基本的には母熊は冬眠しながら出産と保育をします。流石に産み落とす時は起きますけど、ちゃんと後産の処理をしてその後またすぐ冬眠に戻る。子どもだけは起きていて勝手におっぱいを吸っているようなイメージですね。だから秋口に、より深刻に餌を求めているのは妊娠したメスです。出産と哺育のためエネルギーを蓄えなくちゃいけないので、切実なのです」

近年、人里に近づく“アーバンベア”が急増し、時にはクマが民家にも堂々と現れるようになった。そんななかで我々はどのように生活するべきなのか。

続く記事では、坪田氏がクマから身を守る対策法や“共生”への課題などについても私見を語っている。

(後編に続く)