【全文】速球140km/hでなぜ勝てる…?ソフトバンク大関友久「野球はアートとサイエンスです」

おおぜき・ともひさ ’97年12月、茨城県生まれ。地元の土浦湖北高では甲子園出場経験なし。仙台大時代に育成2位指名を受け、’20年にソフトバンクへ入団。左投げ左打ち

ノートは肌身離さず

「3年前は最速152㎞/hの直球で勝負していました。でも、今年は一生懸命投げてもだいたい140㎞/h台前半でしたね」

にもかかわらず、ソフトバンクの大関友久(おおぜきともひさ)(27)は今季大いに飛躍を遂(と)げた。パ・リーグ最高勝率(.722)に輝き、自己最多13勝(5敗)、防御率1.66とエース級の働きをみせたのである。

遅いストレートでも抑えられる。もしや球速では測れない″魔球″の使い手か。しかし、最新鋭の分析機器を揃(そろ)えるソフトバンク球団のアナリストに探りを入れても「詳細なデータを調べても直球も変化球も数値は平凡なのです。なぜ勝てるかわからない」と首を捻(ひね)るばかり。

ならば、いったい何処(どこ)にヒミツがあるのか。本人に答えを求めると、大関は黒い表紙の大きめのノートを出した。

「ノートは肌身離さず持っていて、試合中もベンチに持ち込みます。登板前にあらかじめ仮説を立て、それをマウンドで実行してデータを取る。ベンチに戻ったらすぐに気づいたことを書くのです」

そして大関は言葉を継(つ)ぐ。

「スポーツ心理学に基づき、ノートに書くことで気づきを言語化し頭の中を整理しています」

心技体といわれるが、昨今のスポーツ界はテクノロジーの進化によってパフォーマンスの数値化や可視化が進み、技術向上や体力強化に目を向けられがちだ。言葉上では一文字目の″心″だが、やや置き去りにされた感もある。

「以前、ソフトバンクの先輩投手が『俺は″体″が一番だ』と言ったのをキッカケに、投手陣で議論になったんです。僕は三つとも大事と考えていたのですが、あらためて自分を見つめ直すと″心″よりも″技″を磨(みが)いたり、″体″を鍛えたりすることに重点を置いていました」

「魂の投球」

大関は叩き上げだ。高校時代は甲子園と無縁。仙台大学でもエース格ではなく、育成ドラフト2位でプロ入りした。

「でも、僕は3〜4歳の頃から父親が見る野球中継の隣で、将来はプロ野球選手になって一軍で活躍するというイメージを持っていて、それを疑うことのないまま大人になっていきました」

大関は「根拠のない自信だった」と笑い飛ばす。それでも2年目に支配下登録を勝ち取ると、3年目の’22年には開幕ローテ入りして活躍。早々にオールスター初出場を果たし第1戦で先発に大抜擢されるなどトントン拍子に夢を叶(かな)えた。

だが栄光のマウンドから約1週間後、彼は病院のベッドの上にいた。左精巣(せいそう)ガンの疑いと診断され、すぐさま腫瘍摘出(しゅようてきしゅつ)手術を受けたのだ。

「野球の前に人生を第一に考えました。怖さや不安もありました。だけど、奈落の底に突き落とされたという感覚はなかったんです。マウンドに立てなくて、あらためて野球が好きな自分にも気づけた。結果的に療養期間が短く、2ヵ月ほどで復帰登板できたのも大きかったです」

翌’23年には開幕投手に選ばれた。再び順風満帆に歩み始めたかと思ったが、成績が伸び悩んだ。

「何か変えなきゃと’23年オフに体重を100㎏台まで増やした。だけど筋肉だけでなく脂肪で増量してしまった。翌年の春キャンプでそれに気づいて、新たな取り組みとして始めたのがスポーツ心理学だったのです」

大関は心理学の本を5冊購入。その中で「一番しっくり来た」というのがスポーツ心理学博士の布施努(ふせつとむ)氏の著書だった。

「昨年は本で独学。ちょうど1年前に布施さんに連絡を取り、直接トレーニングさせていただくようになりました」

スポーツ心理学を学ぶうえで、最初に行うのが「自分の理想」を作ること。

「スピードスケートの小平奈緒さんは『究極の滑り』、内村航平さんは『究極の体操』を求めたと聞きました。金メダルという結果じゃなくて、どんなパフォーマンスを求めるか。ならば、僕は『魂の投球』。心技体すべてを積み上げた先にある理想を実現するために、気づいたことはすぐにノートに書いています」

突き詰めると、必要なのは150㎞/h超の剛速球ではなく投球フォームだと考えた。打者が「タイミングが取れない」「打ちづらい」と感じるのは数値化される部分だけに答えがあるわけではない。行きついたのが、本人が「溜め」「定め」「引っ張り」と表現する投球の一連の流れを緩(ゆる)やかにし、球に伸びを生むフォームだ。

「野球ってアートとサイエンスだと思います。アートを例えるならイチローさんの打撃。わざと詰まらせてヒットを打つ。詰まるというのは打者にとって負けだけど、結果ヒットなのでイチローさんの勝ちですよね。逆に強い打球でも野手の正面を突いてアウトになることもある。

強さやスピードなど数値化されるのがサイエンスの部分ですが、数字じゃ証明できていないことが野球にはまだあると思います。僕が140㎞/h台で抑えられるのもアートですね。実際の芸術に触れてみようと、シーズン中に美術館にも足を運びました。投球と結びつけるのはまだ難しかったですけど(笑)。スポーツ心理学をやってみるとゴールがない。これからは〝心〟の時代が来るんじゃないか。僕は勝手にそう思っています」

野球とは芸術だ――そう呼ばれる時代がやって来るかもしれない。

色紙に直筆でしたためた本人がこだわる「魂の投球」と背番号「47」
本誌未掲載カット ソフトバンク・大関友久インタビュー 精巣ガンの疑いで腫瘍摘出を乗り越えた″左腕エース″
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