
グラドルに憧れ「早く脱ぎたい!」
総フォロワー40万人超えのグラビアアイドル・鎌田紘子ことカムチンは下北沢にあるバー【bar and merry.】の経営者、自身で考案したレトルトカレー【カムチンカレー】の販売を担う実業家としての顔も持つ。マルチに活躍するカムチンは雑誌「ピチレモン」の専属モデルとして世に出た。
「地元・神奈川の街を歩いているところをスカウトされたんです。ファッション系のモデルが多い事務所で『ニコラ』や『セブンティーン』の専属モデルが何人も所属していました」
事務所に入ってすぐに「ピチレモン」の専属モデルが決まった。順調なスタートを切ったカムチンだったが、芸能界への憧れは「特になかった」という。
「専属といっても撮影は月に数回しかなくて、あとはたまに広告の仕事とかがあるくらい。私はモデルよりもグラビアの仕事がしたかったんです」
「中学時代はグラドルオタクだった」と言うカムチン。部屋には小倉優子(42)や浜田翔子(39)のポスターが貼ってあったという。
「グラビア雑誌もよく買っていました。当時は今よりグラドルが芸能人って感じで。モデルは服が主役だから、私はあくまで脇役っていう感覚だった。ところがグラドルは水着を着ていても、自分の身体が主役。身一つで勝負できるって格好いいなってずっと憧れていました」
「どうしてもグラビアがやりたい」と事務所に直談判するも「ウチでは難しい」と断られ、カムチンは事務所移籍を決意する。
「好きなグラドルさんがいる事務所の面接に行って、その足で『ランク王国』(TBS系)のスタッフの方に顔見せをしたら、そのまま8代目MCとして採用されました」

移籍した途端に地上波のMCが決まるーー順風満帆で羨ましい限りだが、皮肉にも大役をゲットしたことで「グラビアの仕事に制限がかかった」と苦笑いする。
「私はもう結構ギリギリの、俗にいう着エロみたいなグラビアがやりたかったけど、番組の意向で“健康的なグラビアならOK” という感じで……。贅沢な悩みなんですが、『脱ぎたいのに脱げない!』ってフラストレーションは溜まっていました(笑)」
MCの仕事に区切りがついたタイミングで再び事務所を飛び出し、念願のグラドル活動がスタートした。
「やっと脱げる! って感動しました。DVDを出したり写真集を出したり、めっちゃ楽しかった!! グラビアの見えるか、見えないかのギリギリを攻めるところが好き。エロすぎるのが楽しくてしょうがなかった」

コロナ禍でバー開店、カレーの開発に没頭
筆者もはるか昔にグラビアをやっていたが、着エロがイヤでイヤで撮影現場から脱走したり、打ち合わせになかった過激衣装を着せられそうになってリストカットしたりと、いい思い出のほうが少ない。
だが、カムチンは「グラビアでイヤなことはなかった」と言い切るのだった。
「撮影時にイヤな目に遭ったグラドルさんの話はよく聞きますよね。でも私の場合、やりたくてやっていたからイヤなことがないんですよ。自ら過激衣装を選んでいましたしね。写真集の製作会社にお願いしてレタッチも自分でやっていたから、変な顔の写真を使われることもなかった」
グラビアでトラブルはなかったが、2012年にフリーになってからはストーカー化したファンに悩まされていたという。
「同人誌として写真集を出したり、自分で企画して撮影会やイベントをやっていたんですけど、あるファンに自宅付近で撮られた写真を勝手にSNSに載せられたり、郵便ポストにゴミを入れられたりして……。イベント終わりに後をつけられて、自宅のドアを開けた瞬間、一緒に入ってこようとされたこともありました。あと0.1秒、ドアを閉めるのが遅かったら何をされていたか……」
即座に警察に通報したが、そのファンはすでに逃走。その後、トラブルはなかったという。だが、ストーカー被害にもめげず、カムチンはグラドル活動を継続。同時にバンド活動もスタートさせた。
バイトはせず芸能一本で食べられていたが、「一人でやるよりスタッフがいたほうがいい」と考えて、会社を設立した。

今回の取材場所となった【bar and merry.】もスタッフの「飲食系がやりたい」の一言で開店を決めたそうだ。
「じゃあやろっか、みたいなテンションで(笑)。話をした翌日には店舗を探し出しました。いざオープンって時にコロナ禍に入ってしまって、開店が2ヵ月遅れてしまったんですけど、なんとか今年で5年目を迎えました。
コロナ禍の前からやっていたら『売り上げが下がった!』と悩むこともあるんでしょうけど、比較対象がないから苦痛もない。コロナ禍が落ち着くにつれて、どんどん売り上げも上がっていって……という感じです」
昨夏からは【カムチンカレー】なる自作のレトルトカレーの販売も開始。「やりたい! って思ったらすぐやりたくなっちゃう。節操がないんです」とカムチンは白い歯を見せた。
「昔からカレーが大好きでいろんなお店を巡って研究しているうちに、自分で作ってみたら“究極のカレー”ができたんです。それで“みんなにも食べてもらいたいな”って思って」


そんな順風満帆としか言えない人生を送ってきたカムチンが、自殺未遂騒動でネットを騒然とさせたのは今年の4月のことだった。
「昼から独りでお酒を飲んでいて……異世界に行きたくなったんですよね。10代の頃から“希死念慮” がうっすらあって。うまく説明できないんですけど、『死にたい』のではなく、『どこかに行きたいな』って感覚」
泥酔しながら名作アニメを観るうちに「異世界に行ける」「こっちの世界が私には近いのかもしれない」と感じたカムチン。目覚めると病院のベッドの上だったという。
「泥酔しながら友達にLINEしていて……。その友達が自宅まで駆けつけて救急車を呼んでくれたんです」
夜中に救急搬送され、翌日には退院。自殺未遂した際に大きなタンコブができていたが、CTを撮った結果、脳に異常はなかったという。カムチンがその顛末をSNSにアップすると、《何をやってるんだ》《命を大切にしろ》《家族が悲しむだろう》と怒涛のリプライが寄せられた。
「厚生労働省のHPを見たら【自殺未遂した人に説教をしたらいけない】【命の尊さを問うこともダメです】と書いてあって納得しました。そんな正論、当の本人は言われなくたってわかっているんです。浅い説教をされても響かない。
大変でしたけど、それがわかったのは有意義だったなって思ってます。皆さんの周りに私みたいな人がいたら、『いろいろ言ったらダメだよ』と知ってもらいたい」

今はすっかり落ち着いており、「生きててよかったです」と笑顔を見せたカムチン。持ち前のバイタリティも復活している。
「最近、YouTubeを始めたんですが、これが大人の部活動みたいで楽しい。ぜひたくさんの人に見てもらいたいな。あとは年明けに下北沢で【カムチンカレーフェス】っていうサーキットイベントを開催するので成功させたいですね」
グラドル、会社の社長、店のオーナー、カレー屋、YouTuber。無数の顔を持つカムチンは今後も「その時々、やりたいことをやりたいようにやっていきます」と微笑んだ。


