フリーアナウンサー・神田愛花『夫には見せない、妻の顔』

神田さんが描いたイラスト

さまざまな″顔″

私は思っている。どんな妻にも必ず、夫に見せない″顔″があると。その代表例が不倫だ。不倫をしている妻たちは、夫と不倫相手に見せる顔を上手に使い分けている。どちらも嘘ではない。元々持ち合わせているさまざまな顔の中から、相手に合わせて変えているだけ。だから両方とも本当の自分の顔なのだ。

もっと身近なことで言うと、ヘソクリ。夫に秘密でヘソクリを隠している、そこのあなた。隠し場所におカネを追加する時のあなたの顔は、きっといい表情のはず。その顔、一度でも旦那様に見せたことありますか? きっとないですよね。でもその顔もあなたの顔の一つです。

血縁関係もない、育ってきた環境もまったく違う二人の人間が、同じ屋根の下で共に生活をしていく時——お互いに、相手に見せる機会がない顔や、見せる必要がない顔があると思っている。

私にも、夫に見せない、見せたくない顔がある。中学・高校時代の友達と集まっている時の、下ネタ全開キレッキレの愛花の顔。母と二人で旅行をしている時の、親に従順で清楚な愛花ちゃんの顔。仕事の本番前の楽屋での、眉間にシワを寄せた戦闘モードの神田さんの顔。

どれもこれも本当の私。だが普段夫に見せている、好きな人の前でテンションが上がり、少女のようにキャッキャッしている愛花ちゃんの顔とは全然違う。

そんな私の顔の中に一つ、何があっても絶対に夫には見せてはならない禁断の顔がある。それは決まって、夫が仕事で外泊する日の夜に現れる。

日頃、夫に対して「不摂生はよくない!」「お酒はほどほどに!」と口酸っぱく言っている私。説得力を堅持するため、夫の前では絶対に飲み過ぎないし、食べ過ぎない。一日3食以外の余分な食べ物は口に入れないという、誘惑にびくともしない愛花の顔で過ごしている。だが、「その夜」だけは違うのだ。

仕事が終わって夕方に帰宅。夫は絶対に帰って来ない。いつもならすぐ着替えて夕食の支度を始めるのだが、あえて疲れと眠気の誘いに乗り、帰宅時の服のままソファで寝てやる。21時頃に起きてようやく着替え、普段なら「こんな時間から食べてはダメ!」と言いまくる、インスタントラーメンの「サッポロ一番・しょうゆ味」を貪るように食べ、同時にビール1缶を空ける。

通常ならこれで夕食は終わり。だがさらにアメリカ旅行で購入してきたシリアルをスープ皿で2杯と、200mlの小瓶のシャンパンを胃に流し込み、夫に見つからないよう冷蔵庫の奥に入れておいた高級生ハムをバクバク食べ、シャンパン2本目を空ける。もうお腹はパンパンに膨れているが、酔っているため、満腹中枢はめちゃくちゃだ。

夫がいぬ間のお楽しみ

「まだ入るっしょ!」と、これまた隠していたチョコパイ2個と韓国のり5袋を食べ、ようやく歯を磨く。極め付けは、普段夫に禁止している、ベッドの上で缶ビールをグビグビ。その上、飲みかけのビールをナイトテーブルに置きっ放し、テーブルランプを点けっ放しにして就寝するのだ。

夫がいる時には絶対に見せない、私の禁断の顔。朝起きて思わず、「あ〜昨晩は楽しかった!」と、独り言が出る。この顔の正体は、私の中にある、″夫に憧れている愛花の顔″なのだ。

「それ以上太っちゃダメ!」と言いながらも、実は好きな時に好きなものを我慢せずに食べて生きてきた夫のことを、羨ましいと思っている。こんな本音を夫が知ったら、喜んで食べまくるだろう。それだけは避けなければならない。

夫にも私に見せていない顔があるだろうか。彼が見せてこない彼の顔は、私が知らなくていい顔。そう思うようにしている。

きっかけは、付き合いたての頃に夫の家に初めてお邪魔した時のこと。夫がお手洗いに行っている隙に、テレビ台の引き出しの中を覗いてみた。そこには大人のDVDが何枚も入っていて、私とは容姿が違う女優さんの作品ばかり。勝手に見てしまった、当時の彼の顔だ。きっと知られたくなかっただろうし、私自身もショックを受けた。

それから10年近くが経過。その出来事を頻繁に思い出してきたわけではないが、私にも夫に絶対に見せたくない顔ができたことで、当時の気持ちをふと思い出した。だから思う、「まぁいいや、これでやっとおあいこだ」。

©下村一喜

かんだ・あいか:1980年、神奈川県出身。学習院大学理学部数学科を卒業後、2003年、NHKにアナウンサーとして入局。2012年にNHKを退職し、フリーアナウンサーに。以降、バラエティ番組を中心に活躍し、現在、昼の帯番組『ぽかぽか』(フジテレビ系)にメインMCとしてレギュラー出演中

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『FRIDAY』2025年11月28日・12月5日合併号より