
「サプラ〜〜イズ!!」
9月某日――FRIDAYグルメ担当編集部員のもとに一通のタレコミが届いた。
「あのレジェンドマジシャンが″究極のゴーヤチャンプル″を完成させたらしい」
その人物とはハンバーガーをメニュー看板から取り出すなどの″出現マジック″で一世を風靡し、’00年代のテレビ界を席巻した伝説のストリートマジシャン・セロ(52)。これまでMr.マリックの「究極の焼きそば」、トランプマンの「極旨カレー」といった、″レジェンドマジシャンの究極レシピ″を紹介してきたFRIDAYグルメ班としては見逃せない情報だ。
ミステリアスなのは、沖縄料理の定番・ゴーヤチャンプルとアメリカ生まれのマジシャンという組み合わせ。いったい、どんなトリックが仕掛けられているのか。さっそく取材を申し込んだ。
セロに指定された待ち合わせ場所に到着した取材班は、さらなる謎に包まれた。なんと、東京・渋谷区にあるトレーニングジムだったのだ。料理を語る場としてはあまりに不釣り合いだ。重厚な扉を押し開けると、セロがボクシング世界チャンピオンら有名アスリートたちに囲まれ、汗を滴らせながら黙々とトレーニングに励んでいた。あまりに真剣な表情に、記者は思わずこうつぶやいた。
「料理の取材では……」
「ハッ! フンッ!」
面食らう記者を無視してトレーニングに打ち込むセロ。スレンダーで都会的なイメージが強かったが、すっかりマッチョマンとなっている。
約1時間におよぶワークアウトを終えたセロは、ジムの片隅で呆気にとられている記者に気づくとこう語った。
「いい料理を作るには、まず心身を整えなければいけない。これは究極のグルメのための下準備です。鍛えられた肉体から生み出される料理はデリシャス! ですよ。じゃあキッチンに行きましょう」
そう言いながら白い歯を見せたセロ。トレーニングは関係ないだろ……と訝りながらキッチンに入った記者に、セロは1枚の写真を見せた。ゴーヤチャンプルが写っている。
「よく見ていて。3、2、1……! サプラ〜〜イズ!!」
次の瞬間、猛烈に食欲をそそる香りにキッチンが包まれた。これはガーリックに生姜に……と、記者の目の前に写真のゴーヤチャンプルが出現していることに気づいた。二の句が継げずにいる記者にセロが一言。
「レッツ・テイスティング!」
湯気を立てている″サプライズゴーヤチャンプル″を口に運ぶ。ゴーヤ特有の苦味が鼻を抜けていくのだが、ただ苦いだけではなく、豚や卵の甘味が重なり絶妙なバランスが取られている。後味にピリッとした辛さや、フルーティーな香りも漂ってくる。一体、どんな魔法をかければこの″サプライズゴーヤチャンプル″になるのか。「ぜひ教えてほしい!」と懇願する記者に、セロは笑顔で答えた。
「OK。レッツ・ティーチング!」
ゴーヤに泡盛!?
野菜をカットし始めたセロ。ゴーヤや玉ねぎ、人参といったオーソドックスな食材だ。下準備の中で目を引いたのが、ゴーヤの処理。普通は塩揉みして臭みをとるが、セロは一味違う。
「ゴーヤは塩揉みしません。苦味を消すのはイージーだけど、それだと素材の個性を殺してしまう。それに僕はとってもスイートな人生を歩んでいるから、料理くらいは″苦味″が欲しくなるんです」
……豆腐は沖縄の伝統食材・島豆腐。水分量が少なく、炒めてもベタつかずにしっかり形を保ってくれる。
ここでセロが珍しい食材を取り出した。ニンニクと生姜に加え、唐辛子を、しかも2種類入れるという。あの魅惑の香りはここからきているのか。
「ニュージーランド産の辛味が強いチリペッパーはマストですね。ただ、辛味に加え甘さもあるイタリア産のカッペリーノも僕の好み。人生には″辛さ″も必要でしょ?」
食材を用意し終えると、豚肉を炒め、野菜は火の通りにくい順に人参からフライパンに入れていく。調味料は醤油を少し入れただけ。最後にセロが取り出したのは泡盛だった。フライパンに一回しして、フランベ状態に。ゴーヤチャンプルには似つかわしくない、大きな火柱が立ち上がった。サプラ――ィズ!
「これが一番のポイント。泡盛を入れると、甘くフルーティーな香りがつきます。香りが強く、フランベできるようアルコール度数が40度以上あれば、泡盛じゃなくてもOK。料理にルールはありませんから。僕は海底熟成の『豊見城(とみぐすく)サンゴ』というブランドの泡盛を使っています」
原点は祖母の味
セロは見た目にもこだわる。卵はとき過ぎないようにして、別のフライパンでふんわりと焼いてから後乗せするのだ。黄色と白の2色が皿全体にさらなる彩りを加え、見る者の食欲を刺激する。
こうして″サプライズゴーヤチャンプル″は完成した。セロは、「マジックと同じで、味覚以外にも視覚や嗅覚など全身で楽しんでほしい」と胸を張った。
マジック界の革命児として’00年代にお茶の間のスーパースターとなったセロは、’14年のレギュラー特番終了を機に地上波から姿を消した。燃え尽き症候群が原因だった。
「当時は2時間特番を半年に1本のペースで作り続けなければならなかったんです。もちろん全て新ネタを用意しないといけなかった。視聴率に追われ、心身ともに疲弊し、バーンアウトしました」
番組制作に全身全霊を注ぎ込んだ結果、セロはついに限界を迎えた。そこから始まったのが、料理の探究だった。
「生まれはアメリカですが、小学校低学年まで沖縄の祖母の家で暮らしていました。大好きな祖母の得意料理が、ゴーヤチャンプルだったんです。質素な味付けでしたが、とてもデリシャスでした。
テレビ業界から距離を置いて自分を見つめ直す中で、前から好きだった料理を楽しむ時間が増えました。そこで極めようと思った料理がゴーヤチャンプルだったんです。最初は調味料に頼った濃い味付けでした。お好み焼きソースを入れるなどいろんなチャレンジをしました。全然合わなかったですけど(笑)」
試行錯誤を重ねる中、思い出したのが祖母の味付けだった。素材の風味を活かすことを考え、調味料をどんどん削ぎ落としていった。
「素材の味を正しく活かすため、調味料は最低限の醤油だけ。どう味覚を刺激するかを考え抜いた結果、チリペッパーの辛味、泡盛の甘味、そしてニンニクや生姜のパンチが答えだったんです。濃い味付けで誤魔化すのは簡単。でも、それは観客の目の前で派手な演出をするだけのマジックと同じ。素材の持つ力を最大限に引き出してこそ、本物のサプライズが生まれるんですよ」
9月で52歳を迎えたセロ。「52」という数字は、トランプでいうジョーカーを抜かした「フルデック」の枚数と同じで、セロにとって特別な数字だという。
「僕の中で人生の経験が全部揃った年齢になったと感じています。ネットでは『セロは消えた』など過去の人間扱いされていますよね? コメントはちゃんと読んでますよ〜〜(笑)。実は、海外での活動を中心に今もマジックは続けています。
6月には『アメリカズ・ゴット・タレント』にも出演しました。今の稼ぎ? まぁ、″SO−SO(まあまあ)″ですね(笑)。全盛期に比べたら減りましたが、自分自身で自由にスケジュールが組める今のやり方が僕のスタイルに合っています。日本のファンにも、また大規模な″サプライズ″を届けられれば、それはとても光栄ですね」
燃え尽き症候群を乗り越え、再びマジックの世界にカムバックしたセロ。ゴーヤチャンプルの″甘さ″と″苦さ″は、彼の人生そのものを表しているかのようだった。
「セロ」の究極のゴーヤチャンプルの作り方
❶ 野菜はオーソドックス
ゴーヤは苦味を活かすために塩揉みしない
❷ 唐辛子は辛味が強いものと
甘味が強いものの2種類入れる
❸ 最大の特徴は泡盛によるフランベ
風味が一気に華やかになる

❹ 卵はとき過ぎない
黄身と白身のどちらの色味も活きるようにする
❺ 最後にかつお節をかけて完成
調理時間は30分ほどだった
実にデリシャス!




『FRIDAY』2025年10月24・31日合併号より



