作家・増田俊也氏による新連載スタート。各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。第1弾は写真家の加納典明氏です。
◇ ◇ ◇
増田「小説を読む人が減ったのはやっぱりスマホの影響が大きいでしょうね。ほんの15年前は電車や地下鉄のなかでみんな文庫本か新聞を開いていましたが、今はスマホ」
加納「たしかに本読んでる人も新聞読んでる人も見なくなったな。外歩いてても昔は公園のベンチで新聞読んでる人がいたけど今はいない」
増田「でも漫画市場はすごい勢いですよ。スマホの画面に漫画のコマというのが合っているのかもしれない」
加納「俺は小説は読むけど漫画はあんまり読まないんだよな。アニメもほとんど見ないし。どんな漫画が売れてるの?」
増田「昔だったら手塚治虫先生でも井上雄彦先生でも、みんな人間を描いていたわけです。でも、今の若い世代って、リアルな肉体を知らないから、描くものが全部《転生もの》なんですよ」
加納「生まれ変わりとか、異世界転生とかかい?」
増田「そうです。例えば、このドアを出たら別世界で、自分はモテない人だったけど、その別世界では日本唯一のモテ男になっている、みたいな話。全部そんな感じです」
加納「妄想じゃないか、そんなの(笑)」
増田「そう。『魔界転生』とか『戦国自衛隊』*とか転生ものとかタイムスリップの傑作は昔からありましたけど、一部ですよね。でも今は転生ものだらけになってしまった。しかも展開がめちゃくちゃ速いんです。2ページ目で転生しちゃう(笑)」
※戦国自衛隊:半村良の原作で映画化され大ヒットしたSF。演習中の陸上自衛隊の30人ほどが戦国時代にタイムスリップし、戦車などの近代兵器で当時の武将たちと戦うという奇想天外なストーリー。戦いながらも隊員たちはなんとかして現代へ戻ろうとする。
活字文化、音楽文化、写真にも影響が出る
加納「みんなが2ページで転生して描いていけば、ペラペラの2次元の紙の上だけの話になるでしょう。日本文化で世界的になったもののひとつである漫画がそんなのでいいのかな。読む側はそれで満足してるのかね。描いてる人もつまらないんじゃないか」
増田「今の若い人たちは現実世界をあまり知らないから、リアルな物語を描けないんですよ」
加納「そういえば最近、音楽も変わってきた気がするな。イントロがなくなってきてるような気がする」
増田「若者たちがイントロをスキップして聞くから、意味がなくなって、どんどん短くなってるんです。そのうち、サビしかない曲ばかりになりそうです(笑)」
加納「それはありえる。大丈夫かね、ほんと」
増田「10年、20年後には、とんでもない社会になっているかもしれません」
加納「そのうち、人と人がリアルに付き合わなくなるかもしれないね。ネットだけの繋がりになって」
増田「2010年くらいまでは、歌の9割9分が恋愛の歌だったような気がしませんか」
加納「今はそれがダメなのかい?」
増田「ダメというか、リアルな恋愛を知らない世代の歌手が出てきてるんじゃないですか。iPhoneが初めて出たのが2007年だから、それくらいから文化が破壊されてきてますね」
加納「活字文化も音楽文化も。写真にも影響が出そうだな」
増田「もちろん便利になったりいろいろ良いこともたくさんあります。でもスマホひとつあるだけで、空いた時間が消えてしまって文化が破壊されちゃった。とくに書籍と音楽がひどい。もちろん印刷された写真集や雑誌もそうです」
加納「俺はだから自分で自分の思索時間を作ってる」
増田「先日おっしゃってた一種の禅のような時間ですね」
加納「そう。寝る前の1時間から1時間半を瞑想に充てている」
(第56回につづく=火・木曜掲載)
▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。
▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。