
世界戦仕様のリングを備えた個人ジムを公開!
天井までの高さは5.4m。127.53平方メートルの広々とした空間に世界タイトルマッチと同じサイズのリングが備えられ、200kg、150kg、100kg、40kg、アッパーカット専用、そしてミニサイズの計6本のサンドバッグが吊り下げられている。
″モンスター″井上尚弥(32)への挑戦を決め、WBC/IBFバンタム級タイトルを返上した中谷潤人(じゅんと)(27)が神奈川県某所に築き上げたプライベートジムだ。9月中旬より、スパーリングの無い日はここで汗を流している。ランニングマシーンも置かれ、雨天でも走り込める。
「世界チャンピオンになった頃から、自分のトレーニング場所があるといいな、とは思っていましたが、金銭面を含め、実現させるには色々な問題をクリアしなければなりませんでした。ついに完成して、よりボクシングに集中できる環境を整えられました」
リングの袖に腰掛けた中谷の隣には4段の黒いタラップがある。
「アメリカのジムのように、リングに階段で上がっていくタイプが良かったんです。設計士さんに自分の思いを伝えました。サンドバッグも僕は、固く重いものが基本。相手を想定して、あくまでも実戦をイメージしながら前後左右に動いて叩きます。1回の練習で6〜7ラウンド打ちますね」
スーパーバンタム級での初陣を控えた中谷の体は、胸板、肩、足とそれぞれに厚みがある。
「今の体重は65kgくらいです」
15歳で単身アメリカに飛び、本場のプロスタイルを身につけた中谷は、言わば逆輸入ボクサーだ。WBOフライ級、同スーパーフライ級、WBC及びIBFバンタム級のベルトを獲得し、ついに4階級制覇を狙って来年5月の井上尚弥戦を迎える。目下、戦績は31戦全勝24KO。デビュー以来、試合前は毎回、LAでトレーニングキャンプを張っている。原点と呼べる地で名トレーナー、ルディ・エルナンデスの指導を受けるのだ。
井上戦までにスーパーバンタム級で2試合はこなしたいと語っていた中谷だが、チューンナップ戦は12月27日のセバスチャン・エルナンデス(25)戦のみとなりそうだ。同ファイトはサウジアラビアのリヤドで行われる。31戦全勝27KOで、WBA/WBC/IBF/WBOスーパーバンタム級チャンピオンである井上がメイン、中谷はセミファイナルに出場する予定だ。
日本では、実弟の龍人がトレーナーとして中谷を支える。2つ歳下の弟は言う。
「122パウンドへの転向を決め、兄の体は本当に大きくなりました。本人も以前から『スーパーバンタムに上げたほうが、自分の能力を生かせると思う』と話していましたが、実際、物凄くパワーがつきましたよ。ミット打ちでパンチを受けていると、僕が手首や腕を痛めてしまうほどです。スピードも増しました」
パワーアップについて、中谷は説いた。
「体重が増えたぶん、中指のナックル(伸筋腱)にウエイトが乗っているのが分かるんです。それはサンドバッグを叩いていても、ミット打ちでも、シャドーをしていても、ですね。今は瞬発系のトレーニングや、ラダーを使ってステップを確認しながらのサンドバッグ打ちなどもこなしています。ここで練習する日は20ラウンドくらい動きますよ」

「不利と言われて嬉しい」
中谷が井上に招かれ、名古屋に向かったのは、プライベートジムのオープンとほぼ同じ時期だ。リングサイドの最前列で、自分と同じサウスポーの挑戦者、ムロジョン・アフマダリエフ(30)にモンスターが判定勝ちする様を凝視した。
「井上選手はいろんなタイミングで手が出せるなと思いながら目にしました。自分だったらこんな風に戦う、こう躱(かわ)す、というイメージが自然に湧いてきて、客席で体が動いてしまいました(笑)。間違いなく僕のキャリアで最強の相手ですし、自分が試される一戦になるでしょう」
井上にとっても、中谷とのファイトはこれまでに無いメガ・ファイトである。デビュー以来、無傷で連勝を続ける選手との対戦は、モンスターにとってエマヌエル・ロドリゲス、スティーブン・フルトンに続いて3人目。中谷は、自身と同じように複数の階級を制してきた本物であり、アメリカのメディアには「モンスター初黒星」を予想する声も少なくない。
「井上選手は接近したり、距離を取ったりと、出入りするボクシングです。アフマダリエフ戦は、その気になればノックアウトできた筈(はず)ですよ。敢えてセーブしていることが、僕には分かりました。相手の一発を警戒したからこその戦い方でしたね。そこに彼の強さを見ました。すべてを超えることが、自分の仕事です」
中谷勝利を力説する人がいれば、逆の意見もある。
「僕は自分が不利って言われるほうが燃える、モチベーションになるタイプです。だから、逆に嬉しいですね。『見とけ!』 という感じなので。まずはエルナンデス戦に集中し、それをクリアしたら井上選手との試合に向けて仕上げていきます。
毎試合、チームで対策を練ります。仮に当日のリングで拳を痛めたり、目が塞がったりしても、慌てることのないよう、最悪のケースを想定しながら組み立てて準備します。キャンプでは自分を追い込む期間を3度ほど作りますが、それを乗り越えるからこそ、本番でやってきたことを出す! とワクワクする気持ちになれる。
井上選手に対してもやるべきことを見据えて、課題をこなすのみです。井上戦は、いかにパンチをもらわないかが、一つのテーマになると思います。自分の身長やリーチを最大限に活かしながら戦わねば、と考えています」
11月上旬に日本を発ち、到着の翌日からLA合宿がスタートする。現在、ルディから送られてきている指示はヘッドギア無しでのマスボクシングだ。マスボクシングとは打ち合いではなく、寸止めだ。
「16オンスの大きなグローブを使用し、軽いクラスの選手を相手にしています。ロスに向かうまでは目慣らしと、ディフェンス練習ですね」
井上尚弥と中谷潤人の激突は世界中から注目されている。この勝利でついにあなたの時代が訪れますね、と筆者が問いかけると、中谷は応じた。
「目指すはパウンド・フォー・パウンド1位のみ。それ以上は求めていません。ボクシングファンには、様々なファイターの素晴らしい試合を楽しんでいただきたいです。僕はその一部になれたらいい」
中谷はモンスター、いや今日の自分を超えるため、日米二つの″虎の穴″で己を鍛え抜く。
『FRIDAY』2025年11月7日号より




