
世界中から500点以上の呪物を蒐集
怪談師として活動する一方で、呪物コレクターとしても知られる田中俊行氏。世界中から500点以上の呪物を蒐集した田中氏がそのコレクションの一部をまとめた『呪物蒐集録』(竹書房)が上梓されている。十数年前から、本業の怪談師としての〝取材〟の際に、いわくつきの人形や石などを押し付けられることが多かったという田中氏が、本格的に呪物を集め始めたきっかけは5人を死に至らしめた呪詛人形『チャーミー』との出会いだった。
’18年9月、イベントから帰宅した田中氏が、部屋に着いたとたん、電気が激しく明滅したり、PCが立ち上がらないという怪現象が発生。しかし、イベントでもらった数々のプレゼントの中から、異様な雰囲気を醸し出していたチャーミーを取り出したとたんにぴたりと止んだのだ。そのときに「人の思いとか何かしらの魂とかが、ものに宿ることはあるんじゃないかと感じたんです。それからライフワークとして呪物蒐集にのめり込むようになりました」(田中氏、以下同)という。
田中氏によれば、「本来の呪物は人の思いを形にしたもの」なのだという。そして調べていくうちに、世界中の国に呪物が存在し、土地土地の人の営みや背景があることを知り、面白くなってのめり込んでいった。
集め出した当初は「呪物が注目されるとは思っていなかった」と話す田中氏。その蒐集ぶりはかなりクレイジーだ。世界中に出かけて行って数十万円するものでも借金を気にせず買ってしまうという。仕事にする気はなかったから、むろんそこには「採算」というワードは存在しない。本人は「やっぱり取り憑かれているんでしょうね」と話す。
そんな田中氏の〝狂気のコレクション〟の一部を『呪物蒐集録Ⅱ』の中から紹介しよう。
怨みの深さがこもる【江青を呪った人形】
関西の骨董品屋に紹介された人のお祖母さんの遺品だという大きな女性人形で体はもとより両目、両耳、口にも太い釘が打ちつけられているという圧巻のビジュアル。呪った人の怨みが今でも伝わってくるような迫力だ。
「江青さん(文化大革命を主導した毛沢東の4番目の妻)は元女優。人形を持っていた方のお祖母さんも若い頃に中国で女優をしていて、そのときに江青さんからすごい嫌がらせをされたらしい。それで怨みをつのらせて呪詛をかけた人形らしいんですよね。結局、その呪いが通じたのかどうかはわかりませんが、江青さんは最後には自殺されてます。引き取るときに持って帰ろうとしたら、素手で触ったらダメだって言われたんです。聞いたら毒を塗ってある可能性があるからと。
現在は香港の骨董市で手に入れた毛沢東の文化大革命人形を添えて並べています。並べるとやっぱり合うというか。ちょっとこの人形の攻撃性が和らいだなって感じがします。この人形がけっこう大きくて毛沢東人形は小さいので、なんかバランスがいいんですよね」

完成度が髙すぎる手作りの呪物【瓶詰め藁人形と釘】
こちらも見た目からただごとではない。広口のガラスびんに「怨敵一切退散」と書かれた御札のようなものが貼ってあり、中には藁人形と大量の釘が。びんの内側には「早く別れますように早く別れますように早く別れますように…」とびっしり書かれ、血痕のようなものがついた紙も……。
「この藁人形は買ったものではなくて、日本で相談があって引き取りました。『彼女ができた』と振られた若い女性が元カレに呪いをかけたいと思って、見様見真似で作ったものです。その女性はオカルト的なものに興味がなかったそうですが、元カレがオカルト好きで、付き合っていたときに教えてもらった知識プラス、いろいろ調べて見事な藁人形を作り上げたとか。
僕もいろんな藁人形を見てきましたが、これは非常にクオリティが高いんですよ。しっかり自分の血を捧げているし、昔から力があるといわれている赤い紐を使っている。釘が大量に入っているのは、その念の強さなのか、もしかすると購入時に思ったより大量に来てしまったのかもしれません。
その女性ってある分野ではすごい結果を残した人で。そういう人って、一般の人と想いの強さや集中力が違うと思うんですよね。だから確実に藁人形に何か入ったんじゃないかなとは思います。
でも、藁人形に呪いを込めることで、現実の相手はどうでもよくなったみたいで、その後元カレがどうなったのかは、僕が聞くまで忘れていました。元カレと新しい彼女のSNSアカウントを見てみたら消えていたので、たぶん別れてしまったんでしょう。でも、その女性は今でも許してない、その思いは消えさせたくないって言っていたんで、供養せずに僕が預かっています」

込められたのは彼女の怨みか、彼の後悔か【彼女の痕跡】
一見、どこにでもありそうなピンクのトレーナーと帽子とぬいぐるみの3点セット。ある男性の元カノが別れたときに置いていったものだという(ぬいぐるみは諸事情により写真は非公開)。「洗濯をしてもにおいが取れない、ぬいぐるみも勝手に動くので一式引き取ってほしい」と男性から依頼された田中氏が受け取りに行ったそうだが、そこからの話が怖い。
「引き取りに行ったときに初めて、実は彼女は亡くなったということを聞きました。自殺だったらしい。僕は男性の話を聞きながら、彼の中に亡くなった彼女への罪悪感のようなものがあるのかなと、思ったんですよ。
2人は田舎から横浜に出てきたそうです。彼に半ば強引に連れてこられたのか、都会の暮らしが合わなかったのか、彼女は何年か我慢したけど結局地元に戻って亡くなりました。彼女が実家から出てくるときに唯一持ってきたのが、このトレーナーと帽子とぬいぐるみで、彼にとっては思い入れがあるものだったらしいんですよ。だから、彼の後悔の念がおかしな現象を生んでいるんじゃないかなと思ったんです。
でも、話を聞いてるとき、ずっと壁の中からくぐもった音で、コロコロコロって球が転がる音が聞こえていて、それが、僕らの周りを1周するというおかしな現象が起きたんです。
さらに、品物を預かって帰ると、朝の4時ぐらいに彼から一言〈ぬいぐるみが動いた〉っていうLINEが入ってたんですよ。ぬいぐるみは僕が引き取って持って帰ってるんです。意味がわからないですよね。
僕の持っているぬいぐるみを見ても動いてなくて。でも、その代わりに、ぬいぐるみの上に、亡くなった彼女と同じぐらいの長さの真っ黒い長い髪の毛が1本だけかかっていた。僕は彼女の魂を感じて瞬間、あーって思いましたよね。で、そのあと彼に連絡をしたんですけど、それ以後まったく連絡がつかなくなってしまったんです。
本では書いていないんですけど、実は最悪の事態を考えて、何週間か経った後に彼のアパートを見に行っているんです。でも、靴があって電気も点いていて、暖房もガンガンかかっているのに、彼の姿はない。明らかに生活をしている感じなのに姿が見えないんですよね。仕方なくそのまま帰ったんですけど、すごく奇妙な体験でした」

ぞんざいに扱うとひどい目に遭う【トヨル】
茶色くなったミイラのような胎児の人形。巻き付けられている布のようなものは、亡くなった子供の服の切れ端だという。東南アジアに古くから伝わる、亡くなった子供の魂を入れた胎児信仰の呪物。タイでは『クマントーン』と呼ぶなど国や地域によって名前が変わる。
「タイのある若いカップルの母親が、子供を亡くして精神的に辛くなったんで、『クマントーン』を作って供養しようとした。けれど周りに呪術師の知り合いがいなかったので、マレーシアのほうの呪術師に作ってもらうことになったんです。マレーシアでは『トヨル』って言うんですね。
でも、夫婦の元にトヨルが届いたときには2人の間にすでに新しい子供が出来ていたんです。お母さんの興味もすっかり新しい子供のほうにいってしまって、トヨルはちゃんと祀らなければならないのに、なおざりにして雑に扱った。そのせいか、お母さんは亡くなり、子供も病を患った。
僕はお世話になってる呪術師のiguchiさん経由でこれを引き取ったんですが、引き取ってから奇妙な事が続いた。家にある丸い陶器のお皿が1日1枚、スパンと真っ二つに割れるんです。家のお皿は3枚ほどしかなかったけど全部割れてなくなりました。今は柔らかいクッションの上にちゃんと置いて、時々お菓子をあげたりして祀るようにしてます。うちには似たような子供(の呪物)がいっぱいいるんで、寂しくないとは思いますが気をつけないといけません」
ここで紹介したのは書籍に掲載された田中氏のコレクションの一部の中の、さらに一部に過ぎない。集められた数多の呪物には、それぞれに込められた人の念や思いが憑いているのだ。




