
「鳥型サブレー大図鑑」という、なんともマニアックなWEBサイトを運営する高橋さん
これまで10年かけてコツコツ集めた鳥型のサブレーをはじめとした、お菓子は3468種類(2025年10月20日時点)。「鳥型サブレー大図鑑」という、なんともマニアックなWEBサイトを運営する高橋さん。全国を訪ね歩き、各地の菓子店と交流する中で見えてきた課題があるという。【前後編の後編。前編から読む】
材料価格の高騰で販売縮小も
一般的にサブレーは型押しで作られるものが多いが、精巧な鳥型のものとなるとアイシングを施すなどして手間暇をかけたものが多い。1点ずつ手作りのため、おのずと販売価格も高くなる。
ここ数年で高橋さんは、材料価格の高騰により、使用する材料を変更する店や製造量を制限する店、ひいては廃業するお店が増加していることを実感するという。
「趣味のお菓子作りが高じてという人や、副業でクッキーの受注販売をされているスモールビジネスの人たちの間で、受注をいったん休止するという傾向が見られています。
そうした方々は店舗を持っていないことも多いし、自宅で自分のできる範囲の中でやっているので、そこまで固定費はかからないはずなのですが、それでも燃料費の高騰や円安の影響で材料価格もあがってしまい『利益がでにくくなった』というのが理由のようです」(高橋さん、以下同)
たとえば、高橋さんが収集を始めた2015年と比較して、小麦粉の価格変動を示す消費者物価指数は1.4倍(統計局・2024年)。体力のない、小規模の菓子店は苦境を迎えているのは想像に難くない。

取材時に持参された鳥型サブレーやクッキー。自宅には常時250点ほどが保管されているという
「こだわりが強いお菓子屋さんほど大変そうです。小麦や卵、砂糖など、使用する銘柄にこだわりがある場合、仕入れ価格が高くなったからといって簡単に変更することはできません。
私の知っているお店でも、ずっと使っていた国産の小麦粉が手に入らなくなったからサブレーの販売をやめるという話を聞きました。別のブランドの小麦粉や輸入小麦粉では、同じものが作れないから、というのが理由です。日本のお菓子屋さんなのに、国産の小麦粉が手に入らないなんて残念ですよね」
さらに高橋さんが懸念するのが、材料費の高騰による味や質の低下だ。
「クッキーは小麦粉、バター、卵、砂糖があってこそあの芳醇な味が出せる、と考えている洋菓子屋さんは多いんです。それをわかってはいながら、材料費の関係などで泣く泣く小麦粉を米粉に変えたり、卵不使用にしたりしている洋菓子屋さんもいます。もちろん最初からプライドを持って米粉クッキーを製造する方もいますが。
仕方なく品質を落としているということであれば、それはすごく胸が痛みますね。またそうやって本来のクッキーの味ではないクッキーが増えて、その味が標準化してしまうことにも懸念を抱いています。
子供たちに『クッキーってあんまりおいしくないよね』と思われたくはないので。苦しいとは思いますが、品質だけは落とさないでほしいなとファンとしては願っています」

大阪でネット販売をしている『クー・ド・ラパン』のカラフルな鳩型クッキーを前列に並べて、アイドルのライブ風にステージを作った時の写真
生き残るためには我慢が必要な時期
最前線でクッキーの製造現場を見続けている高橋さんからすると、洋菓子屋さんを取り囲む現状は厳しいものがあるのだろうか。
「昔は、家族イベントや、人への贈り物をする際に、クッキーなどの焼き菓子を地元の洋菓子店で買うことが多かったですよね。それが今ではどこでも買えるようになりました。通信販売、コンビニやスーパーなど、選択肢がとても広がっています。
実際に商店街の中にある洋菓子店で、以前は20種類ほどあった焼き菓子が、数年の間に10種類程度まで減っているという光景を見かけることもあります。
だから、洋菓子店や個人商店のみなさんには、なんとか販売価格を上げるなどして、物価高騰が落ち着くまで耐えてほしいです」

高橋さんの情報源は主にお菓子屋さんのSNS。この日は「kurimaro collection」の出店を聞きつけて上京。まだ持っていない鳥型クッキーを入念に吟味しながら購入していた
サブレー界を盛り上げる企業努力
大手のメーカーも頑張っている。「鳥型サブレーを作っているメーカーは、いろいろな試みをして客の心をつかんでいる」と高橋さんは話す。
「たとえば鎌倉土産でおなじみ、豊島屋の鳩サブレーは、これまでセット売りしかありませんでした。いちばん少ない単位でも4枚入り。それが鎌倉の小町通りにある豊島屋の店舗では、去年からバラで購入できるようになりました。たくさんはいらないけど1枚だけ食べたいという人や、食べ歩きをしたい観光客に人気だそうです」
また、福岡にあるひよ子本舗吉野堂(株式会社ひよ子)と東京ひよ子(株式会社東京ひよ子)は関連会社だが、それぞれが異なる製法でひよ子サブレーを作っていて、見た目も味も異なっている。
「ひよ子本舗吉野堂からはメープル味や金胡麻味、コーヒ味、東京ひよ子からはカフェオレ味など、定期的に新しい味や商品が発売されています。どちらも商品開発力が高く、切磋琢磨しながらサブレー界を盛り上げようとしているのが頼もしいですね」

kurimaroさんの作る鳥型クッキー。フォルムや色を再現するだけでなく、鼻の色の違いでオス、メスを分けるなど特長や生態をも表している
サブレーを食べる人は減っていない
ケーキなどと比べると地味な見た目、消費者である子供の減少、スナック菓子など他のお菓子の種類の多様化などで、実際にクッキーを食べる人は減っているのかと高橋さんに聞いたところ、「けっしてそんなことはありません」との頼もしい返事が返ってきた。
「最近、40年以上前に発売された『たべっ子どうぶつ』が映画化され、また横浜に『たべっ子どうぶつLAND』というテーマパークもできました。今も変わらずクッキーが子供たちの生活の一部となっている証拠です。
そもそも、サブレーなどクッキーはいっときのはやりのお菓子ではありません。世界中で古くから愛されているお菓子であり、日本でもこの先もずっと変わらずに販売されていくと思います。
物価の高騰も落ち着く日が来るでしょうし、そうなるとまた、幅広い世代に愛されるお菓子として、洋菓子屋さんのレジ横に並ぶのではないでしょうか」

「『鳥型サブレー大図鑑』を開設して、たくさんのお菓子屋さんの知り合いが増えた」と話す高橋さん
地方のサブレーを購入するツールに
最後に高橋さんに、10年近く鳥型のお菓子をコレクションし、ウェブサイトを更新し続けているモチベーションを聞いた。
「ほしいサブレーが見つかって『やったー!』と思うことってあんまりないんです。見つけて購入したら、それでひと段落という感じ。すぐまた次に発売される鳥型のお菓子を探し初めます。数字を増やすことにもそれほど喜びは感じませんね。
私が望むのは、このサイトを見て、どこか旅行に行った際に『あのお店に行ってみるか』と思ってくれる人がひとりでも増えること。地方でひっそり頑張っているお菓子屋さんのサポートができれば、それが一番うれしいですね」
閉店した地元の洋菓子屋さんのサブレーを記録として残しておくところからたったひとりで始めた「鳥型サブレー大図鑑」。「クッキー業界が盛り上がると、私のコレクションもどんどん増えていくので、これからも変わらないでほしい」と話す高橋さんの見立てのように、上昇し続ける物価高に歯止めがかかり、高橋さんのコレクションが増え続けることを願うばかりだ。
(了。前編から読む)
取材・文/皆川知子