“紀州のドン・ファン”と呼ばれた資産家の男性が殺害された事件の裁判員裁判で、12日、和歌山地裁は元妻に対し、『無罪』を言い渡しました。午後1時40分、判決が言い渡された瞬間、元妻は顔を伏せ、すすり泣く様子が見られました。
裁判長は、須藤被告が野崎氏を殺害することは可能だとしながらも、被告が覚醒剤を買ったことを「疑わしい」と判断。須藤被告が野崎氏に覚醒剤を摂取させたと推認することはできず、インターネットの検索履歴を合わせても推認できないと述べました。また覚醒剤について「野崎氏が誤って過剰摂取したことは否定できない」と結論付けました。
裁判長は、須藤被告が野崎氏と二人きりになる時間があり、被告は繰り返し野崎氏のいる2階に上がるなど普段と異なる行動をとっていたことについては認めました。また、野崎さんが亡くなると被告は多額の資産が得られるなど、動機となりうる疑わしい事情はあると判断。しかし、被告の検索履歴を考慮しても殺害を推認するに足りないとして「消去法で考えても誤って摂取した可能性はないとは言いきれない」と述べ、“犯罪の証明がない”ことから無罪を言い渡しました。
2018年5月、和歌山県田辺市の住宅で、資産家の野崎幸助さん(当時77)が死亡しているのが見つかりました。司法解剖の結果、野崎さんの死因は急性覚醒剤中毒で、事件から3年後の2021年、野崎さんの妻だった須藤早貴被告(28)が殺人などの疑いで逮捕・起訴されました。
今年9月に始まった裁判員裁判で、須藤被告は「私は社長(=野崎さん)を殺していませんし、覚醒剤を飲ませたこともありません」と無罪を主張。遺産目当てでの結婚だったことを明らかにした上で、一貫して殺害を否定しました。
犯行を示す直接的な証拠が乏しい中、検察側は、防犯カメラの映像やスマートフォンのヘルスケアアプリの解析などから、「須藤被告以外に犯行可能な人物がいなかった」と指摘。また、知人や身内とのやりとりや、『覚醒剤 死亡』『完全犯罪』『遺産相続』などといったインターネットの検索履歴から、「財産目当てで結婚後、覚醒剤を使って事件と思われないように殺害した」とした上で「悪質な犯行で反省の態度も見られない」として、無期懲役を求刑しました。
これに対し弁護側は、「覚醒剤をどのように飲ませたか」が検証されていないなど、検察の主張の不十分さ曖昧さを指摘。「検察側の仮説は想像の産物に他ならない」として、怪しいという状況のみで有罪とすべきではないとして、無罪を主張していました。
【速報】“紀州のドン・ファン”殺害事件 元妻に『無罪』判決 和歌山地裁 元妻はうつむきすすり泣く 裁判長「誤って(本人が)過剰摂取したことを否定できない」
解説 検察は今回のケースと類似する和歌山白浜・水難偽装殺人事件と同様に「完全犯罪」といった元妻によるネットの検索履歴など様々な状況証拠を積み上げて有罪立証を行おうとしたわけですが、失敗に終わりました。
というのも、そのまま飲むと苦い大量の覚醒剤をどのようなやり方で飲ませたのか、それこそ検察側が「カプセルに入れて飲ませた可能性がある」と主張しているわりには肝心のカプセルを元妻がいつどこで入手したのか詰めきれておらず、殺害の態様など未解明な部分が多いままで終わったからです。
覚醒剤入手の件も、元妻に手渡したという密売人は覚醒剤だったと証言したものの、その密売人にデリバリーを指示した密売の元締めは偽物だったと証言しており、後者の証言のほうが元妻の供述と合致するという錯綜した状況となっていました。「疑わしきは罰せず」という刑事司法の原則が貫かれた無罪判決ですが、検察側の控訴が予想されます。
補足 「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則は、被告人が「この罪を犯した」と確信が持てることをいいます。証拠に基づき、常識に照らして考えたときに、何の疑問も残らず、被告人がこの罪を犯したと考えられることが必要です。
たとえ、被告人がこの罪を犯した可能性が高かったとしても、それ以外の可能性が残る限り、無罪になるのが刑事裁判です。
本件では、検察側が「どのように覚せい剤を摂取させたのか」という重要な事実を立証できず、刑事裁判の原則にのっとり無罪判決となったものと考えられます。検察側の控訴の可能性は高く、今後の行方を見守りましょう。
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