「ダウンタウン+」に人気芸人が続々出演のワケ

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前評判では「強気の値段設定」という指摘もあったが、上々の滑り出しを見せた『ダウンタウン+』(写真:DOWNTOWN+公式Instagramより)

『ダウンタウン+』でが語ったこと

「松本、動きました。なんかちょっと日本の笑いが、最近しんどいと聞きましてぇ~。私、復活することにいたしました。よろしくお願いします」

11月1日21時、有料配信サービス『DOWNTOWN+(以下、ダウンタウンプラス)』の生配信はのこの言葉から始まった。自身のSNS投稿を笑いのネタにした第一声からは、大きな歓声に対する照れくささと復帰への覚悟が見て取れた。

その後、この約2年間を軽く振り返りつつ、裁判に対する誤解に触れ、巻き込んでしまった関係者たちへの謝罪、自身に対する様々なコメントへの感謝を口にし、途中からテレビプロデューサーの西田二郎氏と思われるスタッフを交えて本サービスの具体的なコンテンツを紹介するとともに、今後どんなスタンスで臨むのかについて語った。

『ダウンタウンプラス』は、U-NEXT、ABEMA、Amazon Prime
Videoとも連携。外部のプラットフォームでは生配信・過去作以外の新作コンテンツを配信していく。前評判では「強気の値段設定」といった指摘もあったが、一部メディアで受付開始から20日で登録者が50万人を突破したとの報道も出ており上々の滑り出しを見せたようだ。

現状、生配信のアーカイブに加え、新作がアップされているのは「7:3トーク」、「大喜利GRAND
PRIX」、「芯くったら負け!実のない話トーナメント」、「ダウプラボイス」、「Money is Time」、「漫才
INTERNATIONAL」「ノスタル10分」の7つ(11月17日時点)。さらには、「お笑い帝国大学」「きもっち悪いダンス選手権」と視聴者参加型のコンテンツも進行中だ。

このほか、松本が局長を務める『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送テレビ)や『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)のフリートークといった過去のテレビ番組、コント3部作を収めた『HITOSI
MATUMOTO VISUALBUM“完成”』、『大日本人』(松竹)などの映画作品も視聴できる。

日テレ・朝日放送が協力も、浜ちゃんは不在

シンプルに日本テレビ、朝日放送テレビがコンテンツ提供に協力的な姿勢を見せたことは、本サービスおよびダウンタウンの前途を考えてもメリットが大きいだろう。

今のところ、相方である浜田雅功は姿を見せていない。松本の企画を推し進めながら、次なるブーストとして「浜田雅功」「ダウンタウン」のコンテンツが投稿されることになるはずだ。

筆者が自分自身に驚いたのは、『ガキの使い』のフリートークを見て妙に気が楽になったことだ。

もちろん思春期に繰り返し見てきた世代であり、昨今の息苦しい時代の空気も相まって心が癒やされた部分もあるのかもしれない。しかし、何より湧き上がるのは面白さだけで腹をえぐられる痛快さだ。これは久々に味わう感覚だった。

ダウンタウンプラスでは『ガキの使いやあらへんで!』のコンテンツも提供されている© NTV

松本のセンスは、新作コンテンツでも衰えていない。例えば、デミル(トルコ人)とちず(日本人)による若手漫才コンビ「不死身のレモン水」とのトークでの一幕。

不死身のレモン水(写真:M-1グランプリ公式サイトより)

一度は立派な髭を蓄えたデミルの話で盛り上がるも、「ちずの祖先が日本地図を完成させた偉人・伊能忠敬」で、「芸名を命名したのは宮迫博之」という事実を知ると、松本が「カツ丼にカレーかけたみたいな」と“要素の濃いコンビ”を的確な言葉で表現し会場を沸かす。

「7:3トーク」の「小峠英二編」でも、小峠が「兄貴ももちろんですし、親父ももちろん、母方の爺ちゃん、父方の爺ちゃん、全員ハゲてます」「葬式のときとかヤバいっすよ、マジで全国からハゲが集まってくる」と“髪の薄い家系”の話でひとしきり笑わせると、さらに松本が「お父さんなんてもう骨見えてたもんな」と飛躍させて見る者の腹をえぐる。この手のアドリブに関しては、圧倒的だと言わざるを得ない。

小峠英二と(写真:DOWNTOWN+公式Instagramより)

こうした松本のスタンスはどう培われたのか。それは小峠とのトークの中で、松本が語った言葉にある気がしてならなかった。『キングオブコントの会』(TBS系)のコントで共演した小峠は、松本が台本上のセリフを一切言わないことに驚いた。しかし、松本にとっては、セリフを覚えて本番に臨むことのほうが「恥ずかしい」という。

台本書いたらそれはコメディーだから

「俺、台本見てないねん別に。『自分がこんなんしたい』っていうのを誰かが台本にしてくれてんねんけど、それを見てないねん、いちいち。もう恥ずかしい、自分の言ったことが活字になってるのが。(中略)堂々としといたらええねん、何とでもなんねんて」

今年9月、『有働Times』(テレビ朝日系)に出演したコント55号の萩本欽一は「台本書いたらコントじゃない。台本書いたらそれはコメディーだから。出て行ったらやるのがコント」と言及し、2022年11月19日掲載『東洋経済オンライン』の取材でダチョウ俱楽部・肥後克広は「コントの場合はアドリブ合戦になるケースもあるし、何よりもお客さんを含めて成立するところがある」と芝居とコントの違いを語っている。

つまり、お笑い第三世代までの芸人の多くが、ネタの核心は「台本の精度にある」と考えておらず、「本番中に笑いの最大値を叩き出すことにある」と捉えている。その“構え”のようなものが、見る者の絶対的な安心感を生み出すのかもしれない。

地上波以外のメディアで復帰した点については、活動休止前、『週刊朝日2021年3月5日号』(朝日新聞出版)のインタビューの中で語っていた松本の言葉が興味深い。

活動休止前から語っていたテレビへの“諦観”

当時の松本は、かねて世代視聴率を重視する方針に疑問を抱き「それでは本当に面白いものを求めてる若い人たちがテレビを見なくなる」と警鐘を鳴らしていたが、ネットの動画配信が勢いを増す中で「もっと前にテレビは気づくべきやったけど、もう手遅れでしょうね。こうやってユーチューブにとられていってるわけですから」と諦観している。

また、自身を「サブカルチャーの人」と言い、「そんな人がなぜずっとテレビでやってこれたんか、不思議なんです。それに対する後ろめたさみたいなものがあって」と続ける。本来の自分は地上波で稼ぐようなタイプではないという思いから、「やりたいことしかやらない(場所)」に戻りたいと感じていたようだ。

最後に、テレビも自分も「あと2年くらいしたら、いろんなことがはっきりしてくるんじゃないですかね」と締めている。松本は、この記事が出てから約3年後に活動を休止し、4年8カ月後に『ダウンタウンプラス』で復帰となった。

松本以外にも、昨今のバラエティー制作の状況を懸念する声は少なくない。

2023年11月配信の『石橋貴明 THE強運マスターズ2023
in韓国』(ABEMA)の中で北野武は「テレビ予算ないだろうもう」とテレビ業界の現状を憂いており、ナイツ・塙宣之も自身のYouTubeチャンネル(25年9月20日投稿動画)の中で「だいたいいつも同じメンバーがきて、芸人の内輪の話ばっかりしてなんかあんま面白くない」とクリエイティブなバラエティーが少ない実情を嘆いている。

幅広い芸人たちが『ダウンタウンプラス』に出演するのは、という求心力もさることながら、制約に縛られない笑いの場を求めていたところもあったのではないか。

他方、コメディアンがスキャンダル、マイノリティーに対する差別的な発言などで批判に晒される現象は世界的なものになっている。

とくに多民族国家のアメリカでは、2010年代中盤以降たびたび「キャンセル」(著名人や団体の行動・発言に対して、SNS上での糾弾や不買運動、ボイコットなどによって社会的に一掃しようとする動き)が巻き起こっている。

“風向ききつい”世界的な流れ

例えば17年11月に複数人の女性にセクハラを行ったと報じられ、その記事内容を概ね認めたルイ・C・Kは、瞬く間に主演映画『I Love You,
Daddy』の配給中止が発表され、一時的に表舞台から姿を消した。

翌18年8月、舞台に復帰。これに反対する者たちが抗議行動を起こす公演も見られる中、仲間たちによるサポートのもとで全米ツアーを敢行した。復帰後のスペシャル(特別なスタンダップコメディー公演)をアルバムとしてリリースしたルイ・C・Kは、22年の『グラミー賞』で最優秀コメディー・アルバムを受賞している。

18年に過去のSNS投稿が「同性愛嫌悪」だと炎上し、これをきっかけにテレビ内の発言や別の問題投稿が次々と掘り起こされたケヴィン・ハートは、謝らない選択をし、内定していたアカデミー賞授賞式の司会を辞退。その後、批判の対象となった投稿を削除し、改めてLGBTQコミュニティーに謝罪した。以降も彼は精力的に公演を行っている。

06年に表舞台から忽然と姿を消し、17年にNetflixと番組3本で6000万ドルとも言われる大型契約を結んで復帰したデイヴ・シャペルは、たびたび際どいジョークで批判を受けてきた。21年には番組内でのトランスジェンダーに対する発言を巡り、Netflixが人権団体や活動家、自社の従業員などから反発を浴びている。

彼らは過去の自分や世評と向き合いながら活動を続けているが、職を失ったコメディアンも少なくない。この点は、日本のお笑い界とあまり変わらないように思える。異なるのは、松本が独自の配信プラットフォームで復帰を果たした点だ。

もともとアメリカは地上波よりもエッジの効いた「コメディ・セントラル」といったケーブル局のコメディーチャンネルが人気を博しており、2010年代中盤からNetflixへとコメディー番組の主流が移った経緯がある。つまり、シャペルは「好きなことを言わせてもらう」という前提でNetflixと契約しているはずだ。

テレビクオリティーのプラットフォームを立ち上げる

今のところ、日本の配信プラットフォームではそうした例を聞いたことがない。だからこそ、コンビ名を冠したテレビクオリティーのプラットフォームを立ち上げるという世界的にも珍しい動きになったのではないか。

資金調達、制作スタッフや出演者の調整、コンテンツ管理など良質な番組を制作し続けるには、それ相応の制作費と運営力が必要になる。長年テレビで活躍したダウンタウンには、ディレクターや技術スタッフ、作家を含めたコネクションがあり、何より海外進出も視野に入れ始めた大手芸能事務所・吉本興業という心強いバックアップもあった。

こうした恵まれた環境も、『ダウンタウンプラス』には必要不可欠だったことだろう。今年で松本は62歳。生配信で「あと何年やれんのかなぁ」と口にしていた通り、自身のタイムリミットこそが最大の壁になるのかもしれない。

(鈴木 旭 : ライター/お笑い研究家)