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中山美穂さんもう一度聞きたい「一曲」ランキング 80年代の「ノってる」アイドル・ミポリンの名曲が並んだ6~10位

12月6日に亡くなった、歌手で俳優の中山美穂さん(享年54)。1985年のデビュー以降、数多くのヒット曲を発表してきました。そのなかで、もう一度聞きたいという「一曲」は何か、AERA dot.編集部はアンケートを実施。3千超の回答の中から6~10位にランクインしたのは、ドラマの主題歌を中心に80年代の曲ばかり。元気な時代を象徴するようなキャッチーなフレーズで、ファンの記憶に刻まれた名曲が並びました。

Natsu Taiken Monogatari (TV Series 1985–1986) - IMDb

中山美穂さんは、1985年に放送されたドラマ「毎度おさわがせします」で彗星のように現れ、同年の初主演ドラマ「夏・体験物語」の主題歌『「C」』で歌手デビュー。その後も、多くのヒット曲を発表しました。

今回のアンケートは12月11~16日にインターネット上で実施し、3333人から回答がありました。   ■6位 WAKU WAKUさせて(1986年) 「WAKU WAKUさせて」は、フジテレビ系ドラマ『な・ま・い・き盛り』の主題歌。ドラマも好きだった声は当然多い。 「ドラマの『な・ま・い・き盛り』が好きで、いつも楽しく見ていて、その主題歌だったから」(50代、女性) 「ドラマでの美穂さんの役が私と同じ“かよこ”という名前の女の子だったので、ドキドキしながら観ていました。大好きな曲です」(50代、女性)    ノリのいい曲でみんながドハマりしていたのがわかるコメントも多い。

「朝一お出かけの前にこれを聞くと本当にWAKUWAKUみなぎって一日中元気になれるんです!!!!!」(50代、女性) 「大好きな曲で当時カセットテープ1本まるまるこの曲を録音して繰り返し聴いていました」(50代、男性) 「高校の遠足でディズニーランドに貸切バスで向かう車内、カラオケをしながらの移動で当時アイドルとして活躍されていた中山美穂さんのこの曲を歌った事がついこの前の事のように記憶が蘇ります」(50代、女性)    そして、いまもなお私たちをワクワクさせてくれていた。 「51歳にして初めてのコンサートはミポリンのコンサートでした。今年の4月。『WAKUWAKUさせて』のオリジナルの振り付けを教えてくれてみんなで踊りました。最高の想い出です」(50代、女性)

7位に入ったのは、本人主演のTBS系ドラマ『ママはアイドル』の主題歌。ドラマ『ママはアイドル』は妻に先立たれた3児の子持ち中学校教師が「アイドル・中山美穂」と再婚するラブコメディー。アイドル全盛期の中山美穂さんが、アイドルを演じる画期的なドラマだ。

「中山美穂本人がアイドル中山美穂を演じるという、今では考えられないような設定のドラマ『ママはアイドル!』の主題歌で、上り調子の彼女の勢いをそのまま表現したような曲だった。作詞・松本隆、作曲・筒美京平コンビによる最後の提供曲で、“中山美穂・第一次黄金期”の集大成のような曲でもあったと思う」(50代、男性) 「松本隆さんのミポリンへの最後のシングル曲であり、渾身の傑作です。この年のミポリンは伝説になるくらいすごい作品ばかりでした」(50代、男性) 「ミポリンのファンになって初めて聴いた曲です。小学生の頃、友達との間で「ママはアイドル」ごっこをやって、きまってミポリン役をしてました。この曲とセットで思い出します」(40代、女性)   「主演作+主題歌」のセットで思い出が多く語られる中山美穂さんは稀有の存在だ。   ■8位 CATCH ME(1987年) 「CATCH ME」は中山美穂さん主演のフジテレビ系ドラマ『おヒマなら来てよネ!』の主題歌。シンガーソングライターの角松敏生氏をプロデューサーに迎えた初めての楽曲だ。「当時の洋楽以上のインパクトやノリ。イヤぁ踊りまくりました…」(60代、男性)という声があるように、テンションが上がるノリノリの1曲。

中山美穂さんが歌う角松敏生サウンドにみんな虜になった。 「美穂ちゃんが、これまでのキャッチーでポップなアイドル路線から、転換を迎えた歌だと思うからです。内面を引き出してくれた角松さんのプロデュースもあり、美穂さんの良さが詰め込まれています。ファッショナブルで、ダンサブルで、都会的で、大人びていて、あの頃のみんなの憧れが詰まった歌だと思います」(40代、女性) 「これまでのアイドルっぽい曲から、急にかっこいい感じの曲調に代わって印象に残っていたのをよく覚えています。当時、我が家にはビデオデッキがなくてこのドラマをリアルタイムでは見られなくてとても残念な思いをしていました。それから数年後、大学のサークルの後輩がこのドラマのビデオテープを持っていると聞いて狂喜したことをよく覚えています。そのビデオをダビングさせてもらったものは今でも保管していますが、今度そのビデオをDVDなどに焼いて見られるようにしたいと思います。今でも中山美穂さんがこの世にいなくなってしまったことを信じられません。正直まだご冥福をお祈りしますという定型句が言えない自分がいます」(50代、男性)

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